『ストレンジ・ダーリン』(アメリカ)
本作は鑑賞前にネタバレを踏むと致命的なので要注意。冒頭、悲痛な表情で逃げる女性レディ(ウィラ・フィッツジェラルド)を正面から捉えたスローモーションで始まり、正体不明のシリアルキラーが街を恐怖に陥れているという舞台設定が文字で解説される。
本作は全6章で構成されるが、時系列を大胆に入れ替えて展開することで観客に強烈なミスリードを仕掛ける。描かれる順番はプロローグ→3章→5章→1章→4章→2章→6章→エピローグという異例の構造。
最初の第3章「助けてください」は、逃げるレディと猟銃片手に追う男デーモン(カイル・ガルナー)によるカーチェイスから始まる。薬物でハイになったデーモンの狂気、片耳を撃たれて車も大破しながら森の奥へと逃げ込むレディ。やがて老夫婦が暮らす屋敷に辿り着き、血まみれで助けを求めるレディを呆然と見つめる老夫婦──この不穏さを残したまま、何故か4章をスキップして第5章「ここかい? 子猫ちゃん」へと展開する。
老夫婦の屋敷でレディを探し回るデーモン。そこには先ほどの老夫の死体が転がっており、躊躇なく銃を撃ち込むデーモンの存在が画面を支配する。大型の保冷庫に隠れていたレディを探り当てるデーモン。彼が保冷庫を開くと怯えて絶叫するレディの姿があった。
ここで物語は過去へと遡り第1章「ミスター・スナッフル」が始まる。モーテルの駐車場に停まる車内で交わされるデーモンとレディの会話劇。一夜限りの関係を探り合う即席カップルの駆け引きの繰り返し。「乗り気じゃないなら言ってくれ」と距離を詰めるデーモンに対し、レディは警戒心を崩さず「あなたはシリアルキラーなの?」と問いかける。デーモンは否定するが、その表情の奥にあるのは何らかの隠しごとか・・・部屋での会話と共にベッドに入ったデーモンはレディの首を締め付ける。レディが見つめるデーモンの顔には、一瞬なにか別の顔がカットインするのだが瞬間のため“なにか”は判らない。
第4章「山の人々」。異常な食材構成で不気味なパンケーキを朝食に調理するのは第3章の老夫婦。このふたりは終末論者ヒッピーで、雑然とした室内や怪しげな演説放送が流れている。そこへ命からがらレディが逃げ込んできて手当てを受ける。夫が警察へ電話しようとするがレディがそれを制止する。追ってくるデーモンが迫っているのになぜ警察を呼ばないのか。疑念を感じた所で薬を持った夫人が部屋に戻り本章は終了。
続く第2章「パーティーはお好き?」では、モーテル内でのデーモンとレディの緊迫した関係が描かれ、冒頭の第3章へどう繋がるのかが明かされる。ここが物語の“転”に当たり、これまでの3, 5, 1, 4章を振り返りたくなるほど全体像が一気に立ち上がり、1分、2分、3分・・・・10分と残酷シーンは文字のみが画面に描かれる。
「ゲイリー・ギルモアって?」が第6章のタイトルとなる。時系列の入れ替えで観客の印象操作を行う手法は過去にいくつも例がある。だが本作ほど章立てで時系列を明確にしながら観客の推測を制御し、戸惑いをドラマの牽引力に変換する作品は珍しい。また、要所で流れる音楽=フォークソングも印象的でサントラ買ってしまったほど。
シリアルキラーの殺人衝動の動機が、どこにあるのか想像を掻き立てる言動がいくつか散りばめられているのが巧妙。モーテルでのSMプレイに「愛を感じた」と言ったのは本心なのか。1977年に自ら願って死刑執行された殺人犯「ゲイリー・ギルモアになりたい」という言葉。そして「人が時々、悪魔に見える」と呟くある場面を経て、第1章でデーモンに被った以外にも、もう1度それがカットインする“なにか”へと繋がる。
ラストカットの長回しが『Pearl パール』『PERFECT DAYS』(共に2023年)を彷彿させるように、カットを割らずに事態の推移を“現実時間”のまま提示することで、観客は視線の逃げ場を奪われる。編集の介入を拒むその演出は、それまで巧妙に操作されてきた時系列の揺らぎを一気に収束させ、ただ残酷な事実だけを観客に引き受けさせる。
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