先週土曜日は田町駅近辺の工事により、父の入院施設までの移動が難しく、一ヵ月ぶりの面会は今週土曜日に予定していた。
予約をしたところ土曜日の15時に決まった。
いつものように朝から掃除を始め、暖かくなってきたこともあり炬燵掃除をしながら片付けていた。
炬燵をようやく片付け終え、携帯電話を見てみると病院からの着信多数。
電話を折り返してみると、父が倒れたらしい。
電話先では医師に変わるとの事で待っていたのだが、帰ってきた言葉は「先程亡くなった」との事だった。
月曜日の段階では老人ホーム側が病院に様子伺いを行っており、退院までには程遠いが特に問題ないとの電話であった。
今月頭の病院側の医師との電話面談でも、同じ話ではあったが、救急病棟から一般病棟へ移っており、また転倒したとの電話もなくなっており、回復傾向を見せていた。
2月の入院段階、3月の職場変更、旅行と段階を経ていくにつれて、自分の意識の中からも「父がいない事」「意識すらしない事」が日常になり始めていた。
また完全回復する事が決して無い事も、3月末の段階で認識し覚悟はできていた。
しかし、一旦は寝たきり状態ながらも回復し、老人ホーム(または他の老健、特養)に入れる事は可能だろうと見込んでいた。
今日の面会での様子を鑑みて、行動を移す矢先であった。
急遽駆け付けなければならないのだが、まずは身内関係の連絡、仕事を休むこともあり職場関係の連絡を終え、病院での入院費支払い関連書類をまとめて出発しようと思った。
一旦立ち止まり、自分が駆けつけても遺体は搬送できない事を思い出した。
病院側に連絡すると、葬儀会社への連絡をつけて欲しいとの話であった。
母が亡くなった際には、病院側で懇意にしている業者として手配してもらえたようだったのだが、今回の病院は地元からかなり離れている。
念のため母が亡くなった際に対応してもらった業者に電話をすると、搬送可能との事。
ここで葬儀会社は母と同じ会社で行う事が自動的に決まった。
念のために病院への移動まで、私が同行可能か聞いたところ「費用を負担すれば可能」という事で、時間短縮のため同乗する事にした。
病院には12時前に到着し、霊安室に通された。
この場で看護師から数日間の話を聞くことになった。
一昨日(木曜日)に発熱があり、昨日(金曜日)は念のために点滴を実施した。
今朝の朝食の際には、食べたくないとの意思を示していたとの事。
この事を確認し、他の入院患者の方へ朝食を配膳している時に息を引き取ったらしい。
気付いた時には既に心停止しており、蘇生を施しても回復できなかったとの事。
朝食拒否の意思を示してから、1時間も立たずに亡くなった事になる。
よって病名は、急性心筋梗塞により亡くなったとの診断となった。
昨年のクリスマスには朝食の嚥下障害による心停止が発生し、緊急搬送がされていた。
その時には、病院へ着くと何気ない顔して話していたくらいである。
この時から微妙なバランスの上で生きている事は意識していた。
今年の年末までは命が持つことはないだろうという意識はあったのだが、4月末という時期は想定すらしていなかった。
私、病院、老人ホームの3者とも、医療保護入院が終わった後の対応を考えようとしていたタイミングであったためである。
病院へは30分弱滞在し、遺体を地元の葬儀会社へ搬送した。
病院への出発前に「三郷市内の火葬場の炉が故障しており、一週間空きがない」という話であった。
本来ならば自宅へ一回戻したかったのだが、さすがに初夏の陽気を見せているこの時期に一週間家に置いておくわけにはいかない。
仕方なく、葬儀会社にて冷凍安置を選択せざるを得なかった。
地元への帰路は行きの高速経由とは異なり、母の地元であった足立花畑の桑袋団地、私自身の出身地であるTX八潮駅〜潮止橋を経由するルートとなった。
運転手さんは何も考えておらずこのルートを選択しており、意図しない形で父のゆかりの地を通る事になった。
葬儀会社に到着すると、葬儀の手続きに入った。
ここからは23年前の母の葬儀の時にも、私が関与していたため、意外とスムーズに話が進んだ。
話によると、三郷市の斎場で式をあげる場合に限って、29日の午前中に枠が空いているらしい。
葬儀会社からすると、最優先課題は「僧侶の空き」らしい。
今回母と同じ葬儀会社であったため、前回実施した資料が残っており僧侶側との連絡もスムーズに進んだ。
祝日ながらも奇跡的に空いている時間帯だったようで、葬儀実施日時が正式に確定した。
次に決める内容は、写真である。
今年の誕生日に老人ホームで撮った写真もあるのだが、明らかに痩せ過ぎて別人のようになっているのでパス。
深夜帯に入ってまでも15年間の撮りためていた写真を引っ張り出すことになった。
写真数は少なくないのだが、帽子を被っているか、横顔の写真がほとんどであった。
候補として2つの写真が残り、どちらが適しているかは葬儀会社の方に選んでもらう事にした。
(差が少ないので、私はどちらでも良いため)
翌日午後は老人ホームの解約および、荷物の搬出である。
解約に関しては書類一枚書いて終了で、呆気なく終った。
(入居時は、これでもかと書類攻めだったのだが…)
荷物の搬出に関しては、半数は入院していた病院へ持ち込んでおり、精神科入院で使用できない紐付き衣料とロッカー程度を残していた。
老人ホームは家から至近距離にあるため、台車を借りて家まで道路を押して運んだ。
これで終了と言いたいところなのだが、数知れずの転倒により壁を数か所破壊しているため、修繕が必要になる。
修繕見積もりの場には立ち会わないと、業者側の言い値で確定してしまうため、立ち会う事を告げて終わりにした。
これだけで二日間はあっという間に過ぎてしまった。
畳の上で横になると、一瞬で睡魔に襲われて何度も仮眠を取る事になってしまった。
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