mixiユーザー(id:68644421)

2025年10月27日23:06

17 view

シャンカラ説の誤りについて

アドヴァイタ(不二一元)のシャンカラ説について

よせあつめのインド古代のヴェーダの聖典
のうち
さいごにつくられたウパニシャッド(ヴェーダのおわりの意味のヴェーダーンタ)
の教えに関して
紀元後に編纂された、よせあつめのブラフマスートラを注釈した有名な人物としてシャンカラは知られています。

シャンカラ(紀元後700年ごろの人物)は一元からの
多様な世界の発生について
仮現説(つまり幻影論)を説いたと一般にいわれていますが、
じつは
まだ彼の説の段階では
完全な幻影説ではありませんでした。
じつは
彼の直弟子(パドマパーダ)により、完全な幻影説であるヴェーダーンタ一派があらわれることになるのでした。

シャンカラは
いわば
一元的サーンキア的、な形而上学の説です

そもそも二元論であるサーンキア哲学は
古代のインドの一元論者のウッダーラカアールニの
万有は有(サット)から生じたという説におけるような一元論、一神教における難問
(つまり、なぜ純粋な平和な状態から多様性や苦しみがうまれてくるのか)
を解決しようとして、
サーンキアの二元原理論が生まれたのでした。

しかしヴェーダンタはふたたび
古代の一元論をおもんじたために
ふたたびこの難問にさらされます

この難問をシャンカラは、
彼独自の原理
を提唱することによって
解決しようとしますが
理論的にはサーンキア哲学と同じ開展論(プラクリティ論、つまり流出論に陥ってしまってもいるのでした。
開展論というのは、流出したものにも同じく実在があると認める論理説です。幻影論はそうではありません。)
シャンカラは幻影論でもありますが、理論的には開展論にまだ陥いる矛盾がおきていたのです。
彼の直弟子(パドマパーダ)はそのことに気づき、多様性の世界は
無明によるものだとして、完全な幻影論へやがて移行したのでした。

シャンカラの独自の提唱とは、
ブラフマン(有、知、歓喜)の実在レベルのなかに
未開展の名称・形態という原理もある
と
提唱したのでした。
未開展のものとは、まだ混沌とした、「これとも、別のものともいえない」とされているので
ただ在るという実在のサブ性質であるワクワク原理のようなものかもしれません

その未開展原理より

虚空
(これはシャンカラによれば汚れた泡と表現され、無明のことです)
という低次のものがあらわれ、
その無明により
縄に蛇が付託されるように
幻影世界があらわれる

というのかシャンカラ説です
彼のミスは
「未開展の」原理という用語をもちいてしまったため
多様性のある実在を意味する流出論に
論理的に陥ってしまっているのでした。
その後やがて上記の直弟子により
完全な世界幻影論に移行した
ヴェーダンタ一派があらわれることとなります。







1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2025年10月>
日 月 火 水 木 金 土
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 

最近の日記