『F1 エフワン』(アメリカ)
弱小チームに訳ありの老練アウトサイダーが介入し、勝利へ向けて団結していく――。まさに王道中の王道が奏でるハリウッド映画。最先端のレース映像による臨場感あふれる迫力、テンポのよい展開と焦点を絞った群像劇、観客が期待する要素は全て揃えている・・・そう、期待通りではあるが、期待以上とは言い難い。その華やかさと面白さを堪能した後の本音は「想像できる範囲で最高のエンタメ」にとどまっている。「使い古された構造」でも、最先端の撮影技術とスター俳優の存在感によって、存分な満足感を得られる作品ができることを見事に証明している本作は、革新性ではなく演出の純度で観客を惹き込む。
近年のF1映画『ラッシュ/プライドと友情』(2013年)、『フォードvsフェラーリ』(2019年)、『グランツーリスモ』(2023年)を振り返ると、史実ベースを含め大枠は「主人公を軸にチームが勝利を掴む」というスタンスは変えようがない。今回は完全なフィクションだが、アイルトン・セナやアラン・プロストら実在人物名をセリフに登場させてリアルなスパイスを効かせ涙腺を焚きつける。この背景にはジョセフ・コシンスキー監督と『トップガン マーヴェリック』主要スタッフ陣の経験値の集大成があるらしい。そしてブラッド・ピットの存在感は、過去全作品キャリア中でも屈指の格好良さだろう。
F1ドライバーは一瞬のミスが死に直結する職業で、60歳が通用する世界ではないのが現実。しかし本作では主人公が旧友のスカウトであっさりチームに合流するという冒頭から、確信犯的にフィクションを主張する。デイトナ24時間耐久レースに参戦したソニー・ヘイズ(ブラッド・ピット)は即席参加したチームを優勝に導くものの、賞金を受け取るとトロフィーに触れることなく立ち去っていく。
かつての仲間ルーベン(ハビエル・バルデム)に誘われ、彼が率いるチーム「APX」のドライバーとなったソニーは、10年以上遠ざかっていたF1テスト走行現場ににやけ顔で現れる。急遽のロートルドライバーの参戦にメディアもAPXメンバーも懐疑的。初戦では同僚ジョシュア(ダムソン・イドリス)に進路を譲らず接触事故を起こしリタイア。将来有望な若手ジョシュアは自信過剰な言動が目立ち、ソニーへの苛立ちをあらわにするが、それはソニーの天性のスキルを目の当たりにし、ライバルとしての焦燥を抱く部分が起因する。ソニーはそんな彼らの疑念を逆手に取り、低迷するAPXを立て直すべく奇策を仕掛ける。大事故で姿を消したかつての天才ドライバーが、突如復帰してグレーな戦略を駆使しながら蘇る。残されたのはシリーズ後半8レース。最終戦アブダビ・グランプリまでにAPXはどこまで浮上できるのか。
本作の見どころは何と言ってもFIA全面協力による本格的なレースシーン。シルバーストーン、鈴鹿、ラスベガスなどの実際のサーキットでF2改造車を走らせた映像は、往年のF1ファンには夢の再現のようで堪らない。臨場感に満ちたレース映像は圧巻で、車載カメラやドライバー視点、ピットや観客席の縦横無尽に切り替える多彩なカット割りは瞬きすら惜しいほどに身体感覚を直撃する。序盤は自らに自信が持てないメカニックスタッフの躊躇が映像表現で語られ、ソニーがわざとピットイン回数を増やす。通算5度繰り返されるこのシーケンスによってスタッフの成長が映像表現のみで語られるのは感服の極み。この醍醐味は現実を刷新する視点ではなく、既知のフォーマットを最新技術で磨き直したもので、観客が感じるのは“快感”であると同時に“既視感”でもあるのが特徴的。
音楽もオールド世代に痺れる選曲で王道を貫く。冒頭のレッド・ツェッペリン「Whole Lotta Love」によって一気に惹きこまれ、予告編でも使われた「We Will Rock You」がどこで流れるかと心待ちにしていると、ズバリ期待通りの場面で聴こえてくるから堪らない。エド・シーラン「Drive」で幕を閉じる流れはサプライズ感こそないが安心して酔いしれるので、ここでも観客を確実に射止める固い作りが垣間見えた。
ソニーは傍若無人ながら経験に裏打ちされた策士でもある。辛辣な質問が浴びせられる記者会見では「Yeah!」としか答えない不遜さを見せ、レースでは小細工を繰り返す。敢えてのスタート出遅れや故意の接触で車体破片をコースに巻き散らしセイフティカーを招くなど、フェアとは言い難い戦略に観客の感情は複雑に揺さぶられる。だがそこにこそ弱小チームがポイントを積み上げるリアリティが宿っていて、ソニーは結果的にチームを鼓舞させていく。
一方で本作は女性キャラクターの描写が顕著に後退的。寡黙だったはずのソニーがあわよくば口説こうという勢いでケイト(ケリー・コンドン)との距離を縮め、このマシンでは勝てないからとチューンナップを提案し、コーナーでも速度が落ちないサイドフロントスタイルに車体を改造させる。問題はその先で、序盤より幾度か描写され、キーアイテムと予想されていたソニー愛用のトランプカードを伏線として始まるラブロマンスは、物語的な必然性よりも「ハリウッド映画にはロマンス要素が不可欠」というワードが透けている。ラストでソニーは去っていくだけに、せっかくの女性初のテクニカル・ディレクターという設定が、結局は主人公の一刻の恋愛道具のように扱われている印象が拭えない。
大人の女性特有の初々しさを名演したケイト役のケリー・コンドンに救われている部分は大きい。『プロフェッショナル」(2024年)で冷徹な爆弾テロ役を鮮烈に演じていた彼女が、バルコニーでソニーに甘えるケイトを微妙なニュアンスで演じた価値は高い。この場面はソニーがレースで走り続ける理由を独白する場面でもあり、必要以上にケイトがソニーに依存しては「恋愛はスパイスまで」の作品にはそぐわなくなる。それを崩さない距離感の演出は絶妙で、安易なシナリオをカバーしてくれた。
ジョシュアの恋人役で出演していたシモーヌ・アシュリーのシーンが全カットだった事実も作品バランスに違和感を残す。ジョシュアの母親(サラ・ナイルズ)しか登場しないため、マザコンとは言わないが彼が親離れに欠けている印象を与えてしまった。全体的に女性キャラクターの扱いが表層的なのは否めず、ベクデルテスト的に見ても懸念が残る部分であり、近年のスポーツ映画としては看過できない弱点と感じた。
ジョシュアの怪我を巡る確執、オーナーのチーム乗っ取り陰謀、ソニーのドクターストップな身体の事情など紆余曲折を経ながらも、基本はシンプルなストーリーで寄り道はしない。敵対チームの描写を削ぎ落としたのも潔く、最終戦アブダビ・グランプリでも綺麗なレースをしないソニーのスタンスは最後まで徹底される。勝ちたいという執着心で劇場内が一体化していく空気感に満たされながら、捻りのないオーソドックスな展開だからこそ、レッドフラッグ以降の結末は意外性を放った。革新性には乏しいが「王道を王道のまま極める」ことに徹した本作は往年の西部劇的でもあり、既知の物語を最高の技術で再演する潔さこそに意義があると感じた。
ブラッド・ピットというスターが砂漠を駆け抜けるエピローグは、気恥ずかしいほど直截的で彼以外には成立し得ないものだった。良くも悪くもハリウッド的スペクタクルの持続力、そのパワーが不滅であることを魅せつけられた。
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