『新世紀ロマンティクス』(中国)
ジャ・ジャンクー監督『長江哀歌』『帰れない二人』は鑑賞しているはずなのだが、ほとんど内容を思い出せない。本作最大の特徴はそれら過去作からの映像、未使用カット、ドキュメンタリー素材等を巧みに流用し、各時代のリアルタイム映像によって物語を構成するという異色の手法。再利用ではなく、蓄積された時間の記録を再発見するというコンセプトで、過去と現在を繋ぐ極めて映画的な時間を創出している。
2001年の炭鉱産業終焉期の山西省・大同の日常、ダム建設による立ち退き問題の渦中にある2006年の長江・奉節、2022年のコロナ禍で都市封鎖に喘ぐ経済特区・珠海。そして20年前から驚くほど変貌を遂げた大同を再び舞台にして、ジャ・ジャンクー作品の多くで主演を務めてきたチャオ・タオ(監督の実妻)が24歳,29歳,45歳で登場する。
チャオはほとんど言葉を発さず、まるでサイレント映画の如く物語は進行する。インタビューによるとジャ監督は「語ることで素材の意味を狭めてしまう」と言って、沈黙に豊かな感情を宿らせることを狙っている。この手法は観客に見て感じることを促すのだが、決して万人向けとは言い難い。中年女性たちの井戸端会議から、やがて歌を披露する場面。これはおそらくドキュメンタリー映像と思われるが、本作のコンセプトを語るうえで非常に象徴的な冒頭場面。ここに興味を持てるか否かで、2時間弱の本作を楽しめるかどうか分かれるだろう。
2001年の中国はWTOに加盟し、北京オリンピックの開催も決定した年であり、ここを起点に大きく発展していく。その時代をミクロな視点で、市井の人々それぞれの人生をワンカットずつ切り取って嵌め込んでいく構成。時代の空気感を当時の映像で魅せる独特の肌感覚は、どんなに演出を工夫しても現代では再現困難な写実を語る。特に2001年と2022年の大同の比較は、同じ街とは思えない変化を遂げている。
2005年に中国を長旅した経験がある自分にとっては非常に興味深い映像の数々。それをチャオ・タオの物語と並行して鑑賞するというのは贅沢で斬新な体験。彼女自身の物語には恋人ビン(リー・チュウビン)を探すという骨格がある。再会と別れを繰り返しながら、時代の波に翻弄さていく2人なのだが、作品はそこに殊更フォーカスすることなく、各時代ごとの中国人民の挽歌を辿ることに焦点を当てている。
音楽の使い方も印象的。極めてジャンルレスな選曲は、古びたディスコミュージック、スマホに向かって踊るダンス、中国ポップス、欧米の懐メロ、出典不明の曲も含めてシームレスに流れる。映像とともに感情の流れを導く効果も含め、時代の空気のみならず、時にはチャオの心情を代弁しているようにも思えてくる。彼女の歩く姿、踊る姿、笑う姿、泣く姿、各時代でそれぞれが印象的に刻まれる。
ドキュメンタリー的な質感と詩的な映像美の融合に不自然さがなく、過去から現在への時間の流れを視覚的に体感させてくれる。コロナ禍でチャオがマスクを外す瞬間や、予告編でも効果的に使われているAIロボットとのやりとり等々、現代中国の象徴的な場面が静かに、しかし強烈な印象を残す。炭鉱の町から経済特区へ、泥道から高層ビルへ。都市の変化は、個人の記憶や関係性までも変えていく。そんな人間模様こそが、まさに21世紀のロマンティクスなのだろう。
足掛け22年をかけて製作されたとはいえ、これを「大作」と呼ぶには語弊があるかもしれない。むしろ、中国ロマンへの愛情を込めたエッセイ的映画と呼ぶべき。再会したチャオとビンが交わす言葉なきやりとりは、赦しなのか別れなのか。レジ袋を手渡す瞬間に込められた感情の揺らぎを想像すると胸を締めつける。もう時間は戻らない・・・その言葉が静かに確実に伝わって心に残る。マラソンの雑踏に紛れて未来への気概を見せるチャオの姿に、ジャ・ジャンクー監督の未来への期待と希望を感じた。
<映画レビューを切通理作さんのメルマガ内にて連載しています>
月2回配信、購読開始から1ヶ月無料
http://yakan-hiko.com/risaku.html
切通理作編集メールマガジン『映画の友よ』
【 料金(税込) 】 660円 / 月
【 発行周期 】 月2回配信
【 最新発行日 】2025年7月31日
映画の友よ Vol.274, 275
<『テレビの中に入りたい』『F1 エフワン』『ラブ・イン・ザ・ビッグシティ』『ストレンジ ダーリン』『映画 ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー 復活のテガソード』『映画 仮面ライダーガヴ お菓子の家の侵略者』>
ログインしてコメントを確認・投稿する