先日、海外旅行者と一緒に食事をとる機会があった。
皆、日本に興味があるようで
あれや、これや、聞いてきた。
が、それ以上に、自分のことを話される方が多かった。
僕の英語能力が乏しいため
傾聴の立場をとることになり
結果的にそうなったのかもしれない。
ただ、(とくに高齢者は)言いたいことの説明が、ひとつひとつ長くて
聞いている時間が長く感じられた。
僕は、テンポのいい会話を好むので
速いスピードのキャッチボールをしてしまうが
ゆっくり投げ合ったほうがよかったのだろう。
韻の未来
韻をふむ楽しさ、というのは文学や音楽にみられるが、より馴染みのあるもので言えば、「おやじギャグ」ということになるだろう。きっと、世界の言語で同様に楽しんでいると思われる。
人々の言語化能力の低下にともない、会話上におけるおやじギャグは、よりシンプルなものに成り下がり、逆に詩に見られる韻は、より複雑で高度なものになっていく。
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