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2025年02月16日10:30

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ノンデュアリティの感想の総括(2025年版)

ノンデュアリティ感想の総括(2025年版)



素人(NAC)
のノンデュアリティオートマチックのシェアについて
(素は在るがままという意味です)


一瞥、啓示をしらなくても
形而上のシナリオをしらなくても
(シンクロで感じることはありますが)

ふつうの平安をシェアしております
(ラクに生きる)

奇跡講座ACIMをやめた理由は
2点あります

1つめは、
ノーマインドのいやし
について、
主体的マインドとして選択する対象として
もうとらえないということです
(神の使者というゲイリーレナードさんの本では、存在の秘密の章で、ナチュラルスピリットからの空想のあと、意識が起こり、分裂し、意識が主体となった、とかかれていますが、つまり意識が主体となったということであり、じつはこれは主体化解離催眠なのであり、主体的となった意識(というマインド状態)が、自我か聖霊かを対象として選択するというのは、すでに不自然さがあるからです。
ちなみに、奇跡講座テキストの奇跡の原理6には、奇跡は自然なものであるとされ、原理5では、意識的に選択された奇跡は間違った方向に向けられることがある、と説明されています。

(NACが説明するナチュラルノンデュアリティでは、主体化催眠というのはじつは自我の発生なのであり、そのあとに自我の中で意識が生じると説明します。
そして、自我は意識の中に、シナリオを描いて、自我は自らを魂たちに分裂させ、天界や人間界や地獄界といったような多次元ストーリーを経験させていると説明しています。
つまり、主体化催眠状態である自我というIAMが、自我の性質である好奇心と苦しみ、
の反映として心理的世界を誤創造つまり想像したと説明します。それは特別な状態である愛と苦しみ、という不自然な世界をあらわしているのです。)

2つめ、
奇跡講座ACIMは
実相(ナチュラルスピリット)を神とキリスト
にわけていますが、これは不自然であるということです。
このことにより、幻想をキリストだけの責任にしてしまっています。
なお、
神がキリストを創造したという二元論は自我(現実化催眠)への萌芽をはらんでいる二元論ともいえます。そして、その発想による神とそのキリストの相互愛は、この世界のなんらかの個の関係同士の努力を要求する特別な愛という関係への萌芽をもはらんでおり、
無条件のノンデュアリティの実相の説明としては不適切であるおもいます。

これが奇跡講座ACIMや関連する本をよんだ感想です。

(ただし、奇跡講座ACIMは幻想を理解するのにとても役立った本なので感謝しています。今後参考にすることもあるとおもいます。)

以上、
ノンデュアリティについての感想のまとめでした。

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