『マリア 怒りの娘』
(ニカラグア・メキシコ・オランダ・ドイツ・フランス・ノルウェー・スペイン合作)
ニカラグアの位置が明確にわかるはずもなく地図で確認する。太平洋とカリブ海の狭間にある人口662万人の独裁政権国家は、アメリカ大陸で2番目に貧しい国で失業率は現在も悪化の一途だという。首都マナグアには琵琶湖の2倍に近い面積の巨大淡水湖があるが、工業排水の流入で汚染され、湖畔周辺は巨大なゴミ捨て場と化している。映像的にはかつて東京湾にあった夢の島のイメージで、『帰ってきたウルトラマン』第22話を観ると当時の様子を確認することができる。このエリア一帯はラ・チュレカと呼ばれる貧困層市民の巣窟となっており、ここで貧しくも自力で必死に生きる若い母親とその娘に起きる出来事を作品は語る。
母リリベス(バージニア・セビリア)はゴミ収集と廃棄物の再販をしながら、11歳の娘マリア(アラ・アレハンドラ・メダル)を育てるのが精いっぱいの生活の日々。ブローカーから預かった犬の繁殖で仔犬を売って生活費にしようとしていたのだが、マリアが不用意に与えた汚染食品が原因で仔犬は死んでしまう。ブローカーが仔犬を引き取りに来てもリリベスには為す術がなく、男の言いなりで身体を売って埋め合せをするしかなかった。
ゴミ山を貪る子供たちの様子はあまりにも憐憫。ビニール袋から人間の手が見つかり驚愕するが、それにもさほど驚きもせず翫ぶ子供たちの行動に言葉を失う。リリベスとマリアが暮らす小屋で辛うじて映るテレビからは、公共事業を放置して内戦に注力する政府への抗議デモが報道される。反政府活動とその制圧のための武力行使が絶えない国内情勢は、治安の不安定が慢性化し市民生活の軋轢は計り知れない状況。
「疲れた馬のように下を向いていちゃダメ。しっかりと前を見て、欲しいものは自分で勝ち取りなさい。」この過酷な渦中で生き延びていく術を、まだ子供のマリアに一刻も早く伝授しようとするリリベスは、遊びでナイフの使い方を教え込むなど、それはまるで自分が近いうちに娘から離れてしまうことを察しているかのようにも感じる。
劇中では度々、マリア視点の妄想映像が挟まれる。劣悪な環境で食べるのがやっとの日々でも、やはり子供たちはスポーツやままごと等の“遊び”をする。マリアはファンタジーが大好きで、テレビで観た動物番組の黒ヒョウに魅了されていた。それを見ていたリリベスは、マリアとのじゃれ合いで黒ヒョウのモノマネをする。母親の教えを受けとめ、自らが猫女に変化していくことを錯覚しているような映像表現が施されるメタファー的演出が印象的。
リリベスは金銭トラブルを解決するため街へ行くことになり、マリアを知人夫婦(ノエ・エルナンデス, ダイアナ・セダノ)が経営する廃棄処理施設に預けて姿を消す。そこは行き場のない多くの子供たちが、廃棄物のリサイクル化作業をしながら暮らしている場所だった。体内に水銀を溜め込んでいる少年タデオ(カルロス・グティエレス)と仲良くなるマリアだが、リリベスの「必ず戻るからここにいてね」という言葉を信じて辛抱し続ける気持ちは長くは続かなかった。
11歳の少女にして帰ってこない母親を「ママは死んだのかな?」と言わせてしまうこの国の情勢の不安定さは、前半のゴミから腕が見つかる背景でも既に語られ、周囲の環境とも馴染めない混乱と戸惑いの中、彼女の焦燥感はしだいに怒りの思考に変化して支配されていく。タデオの手助けを経てリサイクル施設から抜け出したマリアは、川を渡り車の荷台に揺られリリベスを捜す旅に出た。
マリアの見る夢が物語の落としどころという決着に、初見では明確なメッセージを読み取れない感想となるのだが、そのセンシティブな感性が伝わってくるアート的な映像と世界感が、ニカラグアという国のダークな部分を象徴し不思議なほどのパワーで訴えてくる迫力がある。
「いつ大人になる?」「猫女が現れる日だよ」猫女(リリベス)と会えたことで大人への一歩を踏み出すマリアに希望を抱きたい気持ちを持つ一方で、この国の現実世界の救いのなさは無視できない。彼女はわずか11歳で無理やり大人になってしまった。それこそが本作のメッセージであり、誰にも頼らずに痛みを抱ながら生き延びることそのものを訴えている深みに気付かされる。
リサイクル施設の経営者は子供達(未成年)への不法就労で逮捕されるのだが、この夫婦がいなければ行き場のない子供たちは飢え死にするかスラムに流れるかの運命なのは明白。行政の助けが及ばない貧困層に対して法律だけを振りかざす政府の態度は絶望的に見える。しかし一方で、廃品回収の副作用として水銀を体内に蓄積して苦しむタデオの姿もこの国の子供たちの現実。ローラ・バウマイスター監督は本作品の製作と上映活動によって、ニカラグア現政権の怒りを買い現在はメキシコに亡命中だという。
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