『駒田蒸留所へようこそ』(日本)
P.A.WORKS(ピーエーワークス)というアニメ制作会社は失礼ながら初めて知ったが、過去の作品も観たくなるほど好感度が高かった。ウイスキー文化に人並平均よりは多少蘊蓄の自負がある自分から見て、この作品はウイスキー初心者にも判りやすい教科書のような段取りから、独自の拘りを持ちがちな本格愛好家にも好印象の余韻を残す。現地取材をかなり重ねて練られたであろうジャパニーズウイスキー業界を俯瞰したきめ細かな作り込みは、有り体に言えばマニアからもツッコミがないよう綿密なリアリティを維持している。スタッフロールに向かって良質の映画を観た感謝の気持ちを伝えたくなる。
今どきの無気力系・惰性社会人の典型のような青年・高橋光太郎(小野賢章)はウェブニュースサイト「news value japan」の新米記者。上司の安元(細谷佳正)の指示によって業界老舗・御代田酒造の取材に訪れた光太郎を迎えたのは、亡き父の跡を継いで駒田蒸留所の若社長に就任していた駒田琉生(早見沙織)と部下の河端朋子(内田真礼)。琉生はかつて震災による経営難でウイスキー製造を撤退した駒田蒸留所を立て直し、若くしてクラフトウイスキー「わかば」をヒットさせていた。
琉生と業界関係者の対談をベースとした連載記事を担当することになった光太郎だが、相変わらず何事にも興味が沸かず仕事にも熱が入らない。彼は琉生や安元を見て“好きなことを仕事にできる人が羨ましい”と言い放つ。駒田蒸留所でぼやきながらの体験取材をしていた時、琉生が置き忘れていった彼女のテイスティングノートを拾い、それを蒸留所従業員の朝礼の場でぶちまけてしまう。散らばったメモ用紙にはBL風の漫画が描かれており、琉生は真っ赤になって慌てて回収するが時すでに遅し。それまで胸中に溜まっていた鬱憤が一気に噴き出し、光太郎の頬に平手打ちを食らわす琉生。事態は最悪となり駒田蒸留所の取材もこれで打ち切りかという状況に追い込まれた光太郎。その時、最年長職人の武骨で無口な東海林(辻親八)が、光太郎を自分の工房に呼びつけ駒田蒸留所と琉生の過去を語り始める。
聞けば本作はP.A.WORKSの「お仕事シリーズ」第6弾作品とのこと。原作がない完全オリジナルでクラフトウイスキー蒸留所の再建物語を軸にしているが、伝えたい志は社会での人との関わり方と、仕事のやりがいについて。自分から見た他人と、他人から見た自分には相違があり、相手を思う気持ちもそれぞれに異なる。光太郎が仕事に身が入らないのは、自分の社会への適性と好きなことを同じだと思い込んで、それを両立している人物→琉生や安元に嫉み(妬みではない)を持っているところから誤解が生まれている。琉生も安元も最初から好きなことを仕事にしてきた訳ではなく、それぞれの挫折と紆余曲折を乗り越えた末に今があり、それも未だに迷いを持ちながら働いていることを説教臭ゼロで物語に折り込む。
光太郎がそこに気付いて仕事に前のめりになる変わり身ぶりが唐突過ぎるところに違和感こそあるが、幻のクラフトウイスキー「独楽(KOMA)」の復活を目指して、原酒選びの難しさや妥協を許さない探求心を取材して学んでいく光太郎。ここが社会で無気力に生きている若者世代にきっと響いていると信じたい。
本作のもうひとつのテーマは駒田家の物語で、琉生には圭(中村悠一)という兄がおり、かつての蒸留所経営難でウイスキー製造から撤退した当時、彼はそれを反対したことから家を出ていた。父親(堀内賢雄)の死後、母親・澪緒(井上喜久子)は蒸留所を閉鎖しようと決断するが、美大生だった琉生が家族の絆だったウイスキーを守りたいと言い出して社長を引き継ぐ決意をする。ウイスキーも知らなければ経営も学んだことがない琉生には無謀な挑戦であったが、7千万円以上の借金を背負い5年間必死で再建した。一方で圭は別の大手酒造会社で営業を担当しており、駒田蒸留所の買収を琉生に持ちかけてくる。幻のクラフトウイスキー「独楽(KOMA)」復活にはまだまだ前途多難が待ち受ける。
難しくならない範囲でちょっとした専門用語を織り交ぜながら、ウイスキー造りには長い年月が必要なことを判りやすく台詞に散りばめており、KOMAがなぜ“家族の酒”なのか明確になっていくクライマックスは、味わいある静かな感動が心地よい。余計な演出や派手な音楽を入れ込まないところにも、仕事に対する実直な良心を感じる。強いて物足りなさをあげると、ウイスキーの美味しさを感じさせる映像表現の不足だろうか。グラスに注がれた琥珀色の液体を魅せるアニメーションならではの工夫は欲しかった。まさか未成年者への飲酒を誘発する誤解を受けないよう自粛したのではあるまいが、最近はそういう規制も冗談ではない時代なのでやや気になるところではある。
TOHOシネマズ渋谷では入場者全員に劇中の架空出版社「news value japan」の発行という形式で小冊子が実際に配られた。駒田蒸留所特集号と銘打たれて駒田琉生社長が表紙を飾り、彼女が国内各所に出向いてウイスキーの作り手たちと対談する企画に沿った全国22ヶ所の蒸留所写真に、アニメの駒田琉生社長を合成したカットを掲載。映画製作にあたって実際のスタッフが取材を行ったであろうことは明白で、埼玉県のベンチャーウイスキー・秩父蒸留所はイチローズモルトで有名なブランド。ここは自分も見学させてもらったことがあり、その際に案内いただいたブランドアンバサダー・吉川由美氏が、この小冊子に実名で駒田蒸留所へのエールコメントを寄せている。更には作品テロップに「2023 KOMA復活を願う会」という記載まであるので、もしかして駒田蒸留所は実在しているのでは?という錯覚にまで陥る。更には三郎丸ブランドの若鶴酒造社長・稲垣貴彦氏が監修参加しており、劇中で登場する設置されたばかりのポットスチル、発酵槽、熟成樽貯蔵庫の描き込みなどのリアリティにも納得だった。
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