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2024年03月02日20:17

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映画『哀れなるものたち』

『哀れなるものたち』(イギリス)
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エマ・ストーンも35歳か…と耽りながら鑑賞に挑んだ冒頭場面。鮮やかな青いドレスを纏った彼女が、橋から飛び降りるセンセーショナルな映像。濃淡を強めに押し出した原色的色彩処理のインパクトも束の間、余韻に浸る間もなく一転して画面はモノクロになる。ベラ(エマ・ストーン)は言語を理解せず、食べ物を吐き出し投げつけ皿を割り失禁する。見た目は大人だが知能は幼児以下。だがそこから急速に知性が成長を遂げているようで、あっという間に少女期の段階を経て思春期にまで進化。そこで覚えた自慰行為が、彼女の波乱の運命にも影響していくことになるのだが、それは彼女の出自以前に遡っての性癖にまでルーツがあることもラスト近くで判明する。
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異様な容姿を持つ天才外科医ゴッドウィン・バクスター(ウィレム・デフォー)によって、自殺直後に自らの胎児の脳を移植されて蘇生した奇跡の実験生体がベラの正体。ゴッドウィンの屋敷には実験による奇形動物が何匹も闊歩し、解剖途中の人体も散乱している。狂気のベラはその遺体にナイフを刺して楽しそうに遊ぶ。ゴッドウィンの助手を務めるマックス(ラミー・ユセフ)は、ベラの正体の秘密を知り得ながらも惹かれていく。それを察したからか、ゴッドウィンはふたりを結婚させようと提案する。その背景には貴重な被検体であるベラを一生この屋敷に閉じ込めておきたいという魂胆もあった。だがベラは著しい成長によって知識を得たことで「世界を見たい」という欲を強く持ち始める。ついには婚約者マックスの制止を振り切り、屋敷に出入りしていた弁護士ダンカン(マーク・ラファロ)に誘われるがまま外の世界へと旅立って行く。
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この奇妙で奇譚な異世界物語は、独特の演出を何重にも仕掛けた非現実的なデザインアート、異様な美術プロップを取り入れているにも関わらず、劇中ではその実在地名を明確に指し示すという不思議な拘りをみせる。ロンドン→リスボン→船上→アレクサンドリア→パリへと舞台は移り、時代背景はヴィクトリア朝による統治期のように見える。だが次々と変化するベラの衣装や街の風景は時代が曖昧で、現実のそれと符号するものがない。おとぎ話のメタファーのような風景、空想的な大型客船、栄枯盛衰の果ての如き城の世界観。ベラがダンカンと逃避行(駆け落ち)するところからモノクロ画面もカラーに戻り、途端に色の演出が堰を切ったかのように広がっていく。青い空にピンクの雲が漂い、風刺画のような街並みがエキセントリックに建ち並ぶ。音楽もあえて嫌悪感を誘うリズム感を排除した奇妙なサウンドで情緒的感覚をスポイルする。
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ベラの人格形成が不安定な前半では、画面端が歪んだ(魚眼レンズ?)映像演出が施され、かつての実相寺昭雄監督のような穴から覗くアングルも散見される。それらは常識に囚われないベラの言動を舞台演出で表現しているとも解釈できるが、なにか第三者の視点が介入していることを表現しているようにも感じる。そのせいかベラが自立していく後半に向けてこれらの演出は無くなり、落ち着いた画作りに収まっていく。
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ヨルゴス・ランティモス監督作品の初見は『ロブスター』だった。独身者は拘束され45日以内に結婚しなければ動物に変えられてしまう…という奇想天外な設定世界の物語は、不条理な日常が淡々と展開し、滑稽ながら恐怖を感じる独特の世界観が後々まで尾を引く妙作。その後の『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』『女王陛下のお気に入り』も同様で、観客に説明をせずに享受だけを要求されるスタンスは、同監督の個性となって脳にインプットされた。奇を衒った変化球は今回もそうなのだが、過去作品との違いは重めのテーマ性が割とストレートに伝わってくるところだろうか。特に男性から女性に対する偏見に満ちた旧態依然の思考に対し、ことさら辛辣にしっぺ返しを食らわせる部分は手段を選んでいない。
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リスボンでダンカンとの性快楽に溺れるベラは、支配欲に溺れるダンカンの哀れを描く伏線になる。ベラは精神的に幼い段階から直線的に進化したので、性的欲望に正直で衒いがない。ダンカンの地位と名誉に微塵も興味がないところは、それまでの女性にはない自由奔放な魅力なのだろう。狡猾な弁護士が魔性の女によって破滅していく様は本作の論点のひとつ。
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ベラは単独で街に繰り出し、教養の礎を築いていく。菓子、酒、音楽、ダンス。逆に暴力や貧困などの人間のマイナス部分にも触れることで、人に何かを与える側の精神が宿る。これこそがゴッドウィンが狙っていたベラに期待する進化の道だったのかも知れない。彼が父親から受けていた肉体的、精神的な様々な仕打ちと同時に、慈悲の愛を抱いてメスを持つ精神も合わせて育まれたことが語られる場面は、ウィレム・デフォー屈指の名演。
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ダンカンによって強制的に船上に隔離されたベラだが、そこでの出会いをもプラスに吸収し哲学や討論という博識を身に付ける。それはもう熱烈ジャンプ(作中でベラが騎乗位をこう呼ぶ)に気狂いしていた彼女とは別人の振る舞い…と、思っていたのだが、アレクサンドリアの出来事を経て一文無しで辿り着いたパリでは、なんと娼婦となって報酬を得ることを学ぶベラ。社会主義の仕組みとして自分の力で稼ぐ術を知ると同時に、男の低俗な心理と自身の尊厳を保とうとする思考が「男が女を選ぶのではなく、女が男を選んではいけないの?」という権利の主張に帰結していく。
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ロンドンに帰郷したベラはゴッドウィンとマックスとの再会を果たし、ついに自身の出自を知ることになる。居なくなったベラの代わりに脳手術を施した少女を目の当たりにし、彼らを「モンスター」と罵りながらも、既に彼女はその真実を受け入れられる資質を持つ気丈な知性を身に付けていた。マックスとの結婚式という予想以上のハッピーエンドによって終焉が待っていたはずが、物語はここから更にもうひと波乱が巻き起こり、これまで描かれていなかったベラの“怒り”の魂が表現されることになる。
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そこからの結末は可笑しくも恐ろしい、ある意味で極めて残酷な未来への想像を沸き立たせられ戦慄することになるだろう。紛うことなきエマ・ストーンの代表作だが、彼女は今回プロデューサーにも名を連ねており、この独特の世界観の創作にも貢献しているらしい。前半のたどたどしい幼児時代の演技から、迫真野蛮なセックスシーン、そして自律と自立を会得して自我を主張するラストまで、盛り込まれ過ぎている彼女の魅力に適切な賞賛の言葉が見つからない。ベラの物語は頭脳と精神が大人になっても狂気に満ちた人生は変わらず、自己を発見していく姿が賞賛を浴びることになるのだろう。

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