『PERFECT DAYS』(日本)
平山(役所広司)が最初に向かう仕事場は恵比寿にあるタコ公園のイカトイレ。ここは職場から徒歩0分の場所なのでたまに利用するが、施設はきれいでもゴミが散乱していることが多い。ペットボトルくらいなら拾ってゴミ箱に入れるが、濡れた紙屑や汚物は見て見ぬふりをしてしまう。だがそれはやがて清掃されてきれいなトイレに戻っている。こんな日常との繋がりから、平山という人物の存在感に興味を持っていく導入部。
次の現場は鍋島松濤公園の森のトイレで、ここは自宅から徒歩5分の場所。個室で塞ぎ込む迷子の男児に言葉をかける平山の前に、若い母親が現れ即座に彼と繋いでいた幼い手を離させ、慌ててその手を拭きながら連れ去っていく。母親は平山を見ようとせず無視したまま。だが去り際に男児が振り返り、ぎこちなくも平山に手を振る姿を見て、この映画は画面の一挙手一投足を見逃してはならない作品だと悟る。
渋谷区が2018年から開始した「THE TOKYO TOILET」は、著名な建築家やデザイナーが公衆トイレをリノベーションするというプロジェクト。多分に東京オリンピックを意識して始めたことは明らかだが、完成した区内17箇所に点在するアーティスティックな公衆トイレは、街の新しい景観として最近は馴染み親しみつつある。本作はそのPR映像を制作するという動機で始まったショートフィルム企画が、日本の公共施設メンテナンスのプロ意識に感銘したビム・ヴェンダース監督によって長篇映画に仕立てるモチベーションが導入されたという経緯。施工企業が大和ハウスなのが役所広司の招聘に繋がったのではないかとも推測する。
路上を掃く竹箒の音で目覚める平山の朝は、歯を磨いて顔を洗い髭を整え、街から見つけてきた草木の盆栽に水をあげるルーティンから始まる。アパート前にある自販機で必ず同じ缶コーヒーを買い、清掃道具を積んだ軽自動車で仕事場に向かう。この缶コーヒーを買う場面は累計で6回繰り返される朝の風景。今や驚きのカセットテープデッキから車内に流れる音楽はアニマルズの「House of the Rising Sun」。劇伴として流れる数々の曲は、すべてカーデッキもしくは平山の部屋にあるラジカセからの劇中曲というシチュエーション。そこに被る風景映像は見慣れた東京の街。ドライバー目線の首都高や俯瞰した高架路、東京スカイツリーとその先の東京湾を奥にした河川敷の夕暮れ。過剰な演出を加えないそのままの風景映像。
感情を表に出すことなく淡々と日常をこなす平山の日々を観て、この映画は何も起きなくて退屈と思うのか、それとも様々な自分の思いを合わせ馳せるのか。個々の価値観を問われる哲学的なエッセンスはかつてのフランス映画風でもあるが、ビム・ヴェンダース監督が敬愛する小津安二郎作品にも通じる何気ない瞬間の機微を読み取らせる空気感。
同僚のタカシ(柄本時生)が度々巻き起こす面倒事は平山にとっては取るに足らない喧騒だが、そこを介して現れるアヤ(アオイヤマダ)という女子には翻弄される。彼女の突然の行動に表立っては感情を見せない平山だが、その気持ちを代弁するように古いラジカセから流れるルー・リードの「Perfect Day」。作品タイトルはこの曲の複数系。仕事を終えて銭湯で汗を流し、いつもの居酒屋に行けば何も言わずとも大将(甲本雅裕)が酒とツマミを持ってくる。帰宅すれば草木を愛でて読書をしながら眠りに就く。これが彼のPerfect Daysだと言いたげに、丁寧過ぎる描きこみが些細な変化を見逃させない。
キノコトイレの清掃を終えて代々木八幡宮のベンチでサンドイッチを食べていると、同じ時間にいつも独り昼食をとるOL(長井短)と遭遇する。互いに意識した目線を配りながら特に進展することはない。見知らぬ誰かとの◯✕対決は、都会にいる孤独な人々の存在を確かめ合うようだ。代々木深町小公園の透明トイレでは、なにかのポーズを取る初老のホームレス(田中泯)と遭遇する。近付きもせず遠ざけもせず、互いの存在をアイコンタクトで確認する日々(ここの田中泯の存在感は凄い)。
後半にようやく日常に少しだけ異変が舞い込む。姪のニコ(中野有紗)が家出して伯父の平山を訪ねてきた。毎日のルーティンにニコが介入することでリズムが狂う平山だが、ふたりで自転車を漕ぐ夕暮れの桟橋シーンではそれまでと違う表情を見せる。本棚にあったパトリシア・ハイスミス著書「11の物語」の登場人物ヴィクターに自分を重ねるニコ。調べるとこのヴィクターという少年は、実母を刺し殺してしまうらしい。海に行きたいというニコに「今度は今度、今は今」と返す会話は伯父からの精一杯のエールだった。
だがニコを迎えに現れた妹ケイコ(麻生祐未)との再会は、平山が捨てたはずの過去を一気に呼び戻してしまう。「本当にトイレ掃除してるの?」ケイコのこの言葉と父親の話題によって、それ以上は語られずとも平山の過去に親族との深い因縁があることを察する。
彼の住まいは古い家屋の2階建てで、台所以外の生活圏は2階に集約されている。布団と本棚とラジカセと盆栽だけの殺風景な部屋だが、ニコの居候によって1階で寝ることになった時、そこが物置と化した大量の荷物置き場であったことが判明する。ゴルフバッグのようなものも見えた気がするし、平山ひとりですら寝る場所の確保が難しい狭さにも、彼の過去の人生を思いめぐらすヒントがある。
ニコを乗せて去っていくケイコの車を背に号泣する平山の姿が、どのような道程を辿って現在の彼のポリシーに繋がっているのかを想像せずにはいられない。たまらずケイコを抱きしめたその姿に、彼には違う人生もあったはずで、今のPerfect Daysは自身に言い聞かせる偽りの至福ではないかと思うのは深読みし過ぎだろうか。決して後悔はしていないし、人生をやり直したいとは思っていない。だがこうして振り返る機会を与えられると、抑えていた感情が一気に押し寄せてくる。
休日に顔を出す小料理屋のママ(石川さゆり)とその元夫・友山(三浦友和)との会話が終盤を飾る。ここで平山ではない人物の過去が語られることで、当たり前だが人の数だけ異なる人生があることを知り、この何も起きない物語が心に刺さるかどうかは、鑑賞側それぞれが歩んできた人生と照合することで決まるのではないかと誘導される。
ママが店で呟く「なんでずっとこのままでいられないんだろうね。」と、友山が河川敷で語る「わからないことだらけのまま終わっちゃう」は、平山が捨ててきた過去を呼び戻させるケイコ登場の追い打ちのように彼を責め立てる。だからここで寡黙な態度を一変させ強い口調で訴える「そんなバカな話ないですよ!」。影を重ねて濃くなればこそ、それが人との触れ合いなのだと信じたい。平山と友山の影踏みごっこは、互いの感情のぶつけ合いを有耶無耶にする大人の解決策だったと感じる。
劇中頻繁にモノクロの抽象的カットがインサートされる。あれは平山が見ている夢なのか、その日の出来事だけでなくなにか童謡が流れるカットもあり意味深だった。心の奥底にある何らかの絶望を抱えたまま、平山は翌朝も渋谷区の公衆トイレに向かう。カセットから流れるニーナ・シモンの「Feeling Good」をバックに、涙を湛えた移ろいの笑みを見せるロングカットは圧巻で余韻が強烈に残る。平山の脳裏には自分の違う人生がまだ少しだけ残っている。自分の価値観と向き合うことになる辛辣な部分もあるが、生き方を信じて日々を慈しむ気持ちになる清々しさが前面にある物語だと思いたくなるのは楽観過ぎるだろうか。エンドクレジット後に平山がフイルムカメラで撮っていた“木漏れ日”の解説文あり。
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