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2023年04月24日23:00

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映画『ファイター、北からの挑戦者』

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『ファイター、北からの挑戦者』(韓国)
北朝鮮から脱北した若い女性リ・ジム(イム・ソンミ)が、韓国政府の補助金支援を受けてアパート暮らしを始める。叔父が脱北ブローカーをしており、仕事も叔父の紹介によって居酒屋で働いたが、それだけでは生活費にしかならない。彼女は中国に亡命している父親を韓国に呼び寄せるための資金が必要だった。ボクシングジムの掃除と雑務係の仕事も紹介してもらい、居酒屋と掛け持ちで昼夜で働き始めるジムだが、政府の職員に嫌がらせを受けるなど前途多難だった。

ボクシングジムには女性のアマチュア選手も通っていた。それを見ていたジムは、しだいにボクシングの世界に興味を持ち始める。北朝鮮で軍役経験のある彼女にボクシングの素質を感じた館長(オ・グァンロク)とトレーナーのテス(ペク・ソビン)は、ジムをボクサー選手として育てようと画策する。初めは躊躇していたジナも、プロになれば賞金が稼げること、そしてなによりボクシングに魅了されていく自分を抑えることができず、練習に参加するようになっていく。

脱北者のファイターとして世間に名前を売り出したジナの前に実の母親が姿を現す。それは彼女が幼い時に父親とジナを捨てて、ひとり韓国に失踪した母親だった。ジナの心は動揺し、激しい怒りを母にぶつける。ヒール役のライバル、トレーナーとの淡い恋なども含めて、物語自体は使い古された典型的サクセスストーリーなのだが、そこに焦点を当てていないのが本作の最大の特徴。ボクシングシーンは必要最小限に抑えられ、派手な演出や音楽で盛り上げることも一切ない。同じ韓国映画で同年公開『野球少女』に通じていて、社会人の女子選手がプロ野球チームに入団するまでのサクセスストーリーでありながら試合シーンは殆どなく、心理描写に比重を置いて地味ながら丹念な演出に終始する。

今作でも最初から最後までジムの表情だけを追うことに徹した演出が意識されており、寡黙で言葉を語らない彼女が背負う人生の非業が緻密に描かれる。無表情で喜怒哀楽を表に出さないジムの立ち振る舞いから、彼女の脱北までの茨の道を想像することは容易で、愛想のかけらもないその言動は、北の者というレッテルをより強く印象付ける。世間は彼女に偏見の目を向け、自身も自ら周囲に壁をつくる。

ボクシングの才能を買われるきかっけの会話でも、北の人間は特殊部隊上がりで冷酷だという先入観を持たれていると思い込み「北の者だって同じ人間だ。何も変わらない!」と敵意を剥き出しにするジム。自分を縛る過去にすら目を背けようとするため、目の前に現れた母親の存在を許すこともできない。実はジムは自ら先に母親を訪ねているのだが、その時も何故母親に会いに行ったのか、自分の感情と向き合うことができないまま戸惑いと苛立ちだけを残して立ち去っている。

長年ボクサーを育て続けてきた館長の目は、そんな彼女に奥底の爆発力を感じたのだろう。ボクシングという手段を通じて手を差し伸べられた彼女の怒りは、ファイティングスピリットに繋がっていく。まだ素人同然の段階に敢えて試合に出して負けさせることで、屈辱と反抗に燃えるボクサーへの資質が開花に向かう。

映画的にはここで勇ましいBGMをバックに練習に励み、心身ともに成長していく過程を見せるのが定番なところだが、そのような描写は一切ないの期待しているとがっかりする。代わって描かれるのは、テスに無理やり連れられて遊園地に行く場面。ジムにとって人生初のデートは、やがて彼女の表情を屈託のない笑顔へと変化させていく。このシーンがとても良い。

心技一体となったジム、テス、館長のチームは、宿命のライバルとなった元同僚との試合に挑むが、そこに影を落とす母親との確執。再び彼女は脱北前の茨の記憶を呼び戻してしまう。どんな仕打ちを受けても泣かなかったジムが必死に涙を堪える。「泣きたい時は我慢するな」という館長の言葉で、堰を切ったように号泣するジム。だがこれで彼女は過去の自分と向き合える強さを手に入れた。

ジムの表情を追うのが本作の骨子なので、ラストも「私はリ・ジナ。人は私を脱北者という。私の闘いは終わっていない。」というモノローグで締めくくられる。ユン・ジェホ監督には『マダム・ベー ある脱北ブローカーの告白』というドキュメンタリー映画の実績があり、北朝鮮から出稼ぎに出たマダム・ベー氏が途中で農家に売り飛ばされてしまい、そこから紆余曲折を経て北朝鮮の家族に再会を果たすまでの辛辣な過程を撮っている。ジムの母のイメージは恐らくこの作品の主人公なのだろう。決して娘を捨てた訳ではないことを、比喩に例えながら病院のベッドで遠い目で語るシーンは印象的。脱北という分断国家ならではの特殊事情が、過去を切り離そうとしてもできない葛藤。その足枷を付けたままどうやって生きていくのか。ジムと母親のこれからを、どう想像していくのかは鑑賞側で様々な印象を持つだろう。

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