『ザ・メニュー』(アメリカ)
『ドント・ルック・アップ』のアダム・マッケイが製作総指揮と聞いて期待した本作は一貫したブラックサスペンスで、最近の注目株アニャ・テイラー=ジョイが主演というだけでも鑑賞意欲をそそられる。実際のキャスティングテロップ1番手はレイフ・ファインズで、彼が真の主役だったようだ。閉鎖空間で繰り広げられる死の恐怖へのカウントダウンショーは、さながら舞台劇のような設定で終始緊迫した空気感の醍醐味あり。
ディナー料金1,250米ドルという超高価レストラン「ホーソン」に、美食家の友人タイラー(ニコラス・ホルト)の付き添いでやってきたマーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)だが、厳しい入店チェックの際に自分が別の女性の代役だったことを知る。タバコを吸おうとするマーゴに「これから貴重な食事なのに、味覚が台無しになる」と吸うのをやめさせるタイラー。今宵はそれほどの高級料理がもてなされるということか。
招待客は事前に決められていた12人。料理評論家、富裕老夫婦、ホーソンの筆頭株主の部下、かつての映画スター俳優等々。予定外の参加者だったのはマーゴだけだった。オープンキッチンで大勢の料理人たちが一心不乱に調理をしている様子が見えるダイニングテーブルに着くと、やがてオーナーシェフのスローヴィク(レイフ・ファインズ)が現れる。ここからメニューに沿ったコース料理が順番に運ばれ、その都度スローヴィクが料理の紹介をプレゼンするのだが、客の注文を一切受け付けず、奇妙な料理(パンのないペーストだけの料理等)が続くためしだいに不穏な空気が漂い始める。
一糸乱れぬ隊列のまま、スローヴィクの号令に「イエス、シェフ!」と軍隊調で応える料理人達が異様で、傲慢な富裕族である客たちは早々に不満を口にしだした。次の料理では招待客達の不正行為資料や、不倫現場の写真などがタコスの皮に描かれるという挑発的なもてなし。ホーソンに投資している上司に報告すると怒りを露わにする3人組。それに「あなた達は身の程を知らない」と言い返す案内人のエルサ(ホン・チャウ)。
次のメニューで事態は更に一変する。副料理長を名乗る若い男性シェフがスローヴィクへの尊敬の言葉を述べると、スローヴィクは「君は有能だが一流になれない」という辛辣な言葉を返す。するとその副料理長は瞬時の行動で拳銃を自らに撃ち自殺。それを指してこれも料理だと賛辞を述べるスローヴィク。招待客たちはその場が正気の沙汰ではない殺人ショーの空間であることを悟った。逃げようにも船がなければ脱出不可能な離島で、更なる地獄絵図が繰り広げられる。
マーゴを連れてきたタイラーはどうやら初めから知っていたようだが、このディナーはオーナーシェフ・スローヴィクが仕組んだ集団自決の晩餐会であり、ラストメニューまでに料理人も客人も全員が死ぬことになるということが語られる。マーゴを除く11人がこのディナーに招待された理由は徐々に明かされていく。だが説明台詞だけで大半を語るため、総じて “自分の名声や保身のために悪事を働いてきた連中” なのだろう程度のことしか理解できない。特に途中で夫が小指を切り落とされる富裕の老夫婦は、過去に何十回もこのレストランに来ているのに一品たりとも料理を覚えていないということで恨まれている模様。それで殺されてはたまったものではないとも思うのだが。
料理人側の上司スローヴィクに対する忠誠心の背景も不明のままで、若者ばかりの彼,彼女らが何故スローヴィクと共に死を受け入れるのかも不明のまま。カルト宗教的に洗脳されている気もするが想像の範囲でしかない。余計なサイドストーリーを配さず敢えて謎を残したままで結末を迎えるミステリーはよくあるが本作はその典型。お陰で中だるみなくスピーディーに展開するのが良いとも言えるのだが、謎解きの辻褄合わせに拘りたい気持ちがあるとかなり消化不良となる。
一番の見所はやはりアニャ・テイラー=ジョイ。冒頭のレザージャケット姿で登場するアニャ演じるマーゴこそが、スローヴィクにとって唯一の誤算=招かれざる客となりストーリーの中心を機能させていく。スローヴィクはマーゴに客側のままでいるかスタッフ側に廻るかの選択を迫る。それは生死を選ぶのではなく、志を持って死ぬのか、狼狽し後悔しながら死ぬのかを選択させるというもので、まったく料理を口にしないマーゴに対する挑戦でもあった。それに臆することなく対抗するマーゴにスローヴィクは苛立ちを隠せない。何度かあるこの対決場面が見所で、巧妙な心理戦が緊張感に溢れていて面白い。
マーゴは従業員すら禁断の場所であるスローヴィクの自室に忍び込み、そこにある私物の数々を見て彼の過去を知っていく。本来シンプルであったはずの料理の対価を貰う側と、金を払って食事とサービスを受ける側の関係性が、金満や名声に拘ることでお互いへの感謝と敬意の気持ちを失っていく。スローヴィクの部屋でマーゴはそれに気付いたのだろう。いや、元々彼女はそういう気持ちを持っていたらこそスローヴィクに「この場にふさわしくない」と言われていた。最終的に誰が生き残って誰が死ぬのかに衝撃はないが、スローヴィクがマーゴに対して心変わりするきかっけとなるのが、臨時メニューのチーズバーガーであることだけはネタバレぎりぎりで記載しておく。
アニャがタバコを吸って始まり、チーズバーガーを食べて終わる本作。正式メニュー最後のデザート、アメリカ定番スイーツ “スモア” による盛大なフィナーレは必見。
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