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2017年11月21日00:00

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映画2017年9月

スターシップ9晴れ
エイリアン:コヴェナント晴れ
少女ファニーと運命の旅晴れ
キングコング 髑髏島の巨神
彼女の人生は間違いじゃない
ベイビー・ドライバー晴れ
ワンダーウーマン晴れ
エル ELLE
ダンケルク
新感染 ファイナル・エクスプレス
散歩する侵略者
ブルーム・オブ・イエスタディ
フォト
「スターシップ9」
大気汚染によって人類が住めなくなる危機に瀕した地球に代わる惑星を探しあてるため、恒星間飛行の旅を続けるエレナ(クララ・ラゴ)。彼女は元々から宇宙船内で生まれ、両親は酸素不足対策のため船を降りて地球に帰還。そのため乗員はエレナひとりきり。20年近くも誰とも会ったことのない宇宙の旅を続けるエレナの前に、酸素装置修理のためエンジニア宇宙飛行士のアレックス(アレックス・ゴンサレス)が救援船で訪れた。物心ついてから初めて出会う人間。エレナはすっかり惹かれてしまい、ほんの2,3日の船内滞在の間、A.I.以外と交わす初めての会話、初めてのふたりでの食事に興奮し、アレックスに恋心を抱くエレナ。だがアレックスはエレナと距離をおいて接っしており親しくなるのを拒絶する。2日目は食事も断り修理に専念するというが、エレナはついにアレックスの寝室に侵入。躊躇しながらもエレナの恋心を受け入れてしまうアレックス。
ここから一人称の視点がエレナ→アレックスに演出が変化する。修理を終えて宇宙船を出ていくアレックスを映像は追尾するが、船外はドッキングしている別の宇宙船のはずが天井の高い地下通のような場所へ抜ける。そこはなんと宇宙船ではなく地下室だった!
エレナが乗っている宇宙船は実験用シミュレータで、宇宙航行とはまったくの嘘。彼女はやがて実行される恒星間飛行に向け、人体の影響を調査するためのモルモットで、10機あるシミュレータの9番目の被験者“オービタ9”だったのだ。
ここまでで約30分。早々に物語は急転し、政府管理下の森林地帯の廃墟の扉から現れる宇宙服のアレックス。彼は「オービタ計画」と名付けられたこの非人道的な計画に参加している自分に悩み、カウンセリングも受けていた。騙されているエレナのことが忘れられないアレックスは、職務に反抗してエレナに秘密を暴露し、シミュレータから外の世界へ脱出させてしまう。現実に驚き躊躇しながらも、大地に生きる自分の新しい人生を見つけようとするエレナ。だが、政府の追手がアレックスとエレナに襲い掛かる。ふたりの逃避行が始まった。
宇宙航行が嘘であったことが早々に暴露され、物語が急速に展開し引き込まれる。エレナの脱出までの一連は緊迫感があり釘付けに。だが中盤以降はやや進展がスローで退屈にもなるのだが、ロケ地となっているコロンビアのメデジンという街、風景がリアル『ブレード・ランナー』という感じの和洋折中の不思議な雰囲気を醸し出しており、スラム街と近代都市がひとつの画中に納まるような貧富混載の喧騒感が作品の奥行きに貢献する。
愛し合いながらお互い境遇に苦しみ悩むアレックスとエレナ。途中でエレナは実の両親との再会を果たすが、そこで自分の運命を改めて突き付けられる事実を知ってしまい、見ているこちらの胸が苦しくなるほど彼女の心理は救いのない方向へと向かう。それはアレックスへの想いにまでも変化をもたらし、ラブロマンス中心のサスペンスドラマは最後に再びSF映画のスタイルを取り戻して帰結する。
節々に低予算が目につくが、物語の骨格がしっかりしていればそれもまた作品のカラーとして愛おしくなる。原題は『ORBITA 9』だが、これはタイトル事態がネタバレになりかねなところを、邦題はスターシップ(星間宇宙船)とすることで観客を良心的に騙す。
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「エイリアン:コヴェナント」
「プロメテウス」完全続編(10年後)。今度こそエイリアン誕生の真実が明かされる!? という期待に巧みな変化球で応えている。H・R・ギーガー没後、初の新作エイリアン。
リドリー・スコット監督は自身が手掛けていないエイリアンシリーズを認めていない。あの大傑作「エイリアン2」ですらその扱いらしい。しかしそれは「プロメテウス」を観たときに合点がいった。作品の空気が他作と根本的に違うのがリドリー・スコットのエイリアン世界。それは「プロメテウス」が見事に一作目を継承している事で証明されている。
H・R・ギーガーのエイリアンはSFホラーという原点の世界でこそ恐怖の対象となる。ただ今回の「エイリアン:コヴェナント」では些か“出過ぎ”の感があるのは否めない。その代わりに精神的ホラー色が追求されているのが本作の特徴であり見所。
2000人分の入植胎児とコールドスリープ状態の乗組員を乗せ、7年後に辿り着く予定の移住惑星オリガエ6を目指し宇宙を旅するコヴェナント号。航行管理を担うのは最新型のアンドロイド・ウォルター(マイケル・ファスベンダー)。この前に「プロメテウス」より更に過去に遡ったプロローグ的なシーンがあり印象的。前作のアンドロイド・デヴィット(マイケル・ファスベンダー・2役)が登場しているので観客はしばらく困惑する。
航行中に超新星爆発に巻き込まれたコヴェナント号は損壊、コールドスリープが強制的に解除され15名の乗組員が目覚めることになる。船長を含む死傷者を出しながらも危機を脱することに成功したコヴェナント号は、破損部の修理を行っていたところに宇宙からわずかに聴こえてくる「カントリーロード」の歌声をキャッチ。引き寄せられるように発信源の惑星に向かうコヴェナント号は、ダニエルズ(キャサリン・ウォーターストン)の反対を押し切って、新しい移住先の候補の期待を抱いて惑星に着陸する。だがその惑星はかつてウェイランド社がプロメテウス号で発見したLV-223のエンジニア(人類創生種族として前作に登場した巨人)の母星だった。そこで乗組員が出会ったのは、かつてプロメテウス号の乗組員だったアンドロイドのデヴィットと、大量のエンジニアの死体、そして謎の寄生生物(完成体になる前段階のエイリアン)だった。
今回はアンドロイドのデヴィットが事実上の主役。前作の事件時に全てを悟ったかの様な行動をとることへの答えも描かれており、冒頭のデヴィットが誕生する瞬間から物語はその意味を語っている。自身の創造主であるピーター・ウェイランドに服従することを、生誕の早々から違和感を持っていることが伺い知れるデヴィット。自分を造ったのはピーターなのだと理解しても、ではそのピーターを造ったのは誰なのか?その疑念から始まるデヴィットの一連の行動はストーリーが展開するに連れて理解できるようになっている。人類への嫌悪感と、更にはエンジニア族へ対しても抱いていたであろう絶望感。自分の想像主である人類に服従するという、避けられない宿命に対する負い目と苛立ちからきている思考の変化。
だが対するウォルターは、最新型アンドロイドのためそのような疑問は抱かない。その対比が作中幾度となく描かれるのだが、2役のマイケル・ファスベンダーの演じ分けが素晴らしく、同じ役者ではないのではないかと思うほど印象が違う。デヴィットにとって恩人であるはずのエリザベス・ショウ博士(ノオミ・ラパス)に対する愛情の歪曲化が、彼女を生体実験に使うという衝撃に繋がっていく。
永遠に生きる存在である代償として子孫を残す生態を持たないアンドロイド。そこから辿り着いたであろう自らが創造主になろうとする欲望こそが、エイリアンを誕生させ、更にそれを完全体にまでへと進化させたデヴィット自身の言葉は非常に印象的。
「天国で奴隷となるか、地獄で支配者となるか」。リドリー・スコット作品以外でも、シリーズで毎回必ず登場してきたアンドロイドこそが、エイリアン誕生の起源に関わる存在であったという真実は、長年のエイリアンファンでも納得だったのではないか。
活劇的な見所は、ストーリーや映像が意識的に一作目を踏襲しシンクロさせている各場面。エイリアンの生態を知らないがゆえの無防備なクルー達の短絡的な行動や、ひとりずつエイリアンに殺されていくホラーパニック的展開、クライマックスのシチュエーション。ただし既に観客はエイリアンの全容をよく知っているし、生態系も理解しているので、一作目のような恐怖感を得ることはもうできない。これはキャラクターとして完成したエイリアンを登場させている限り仕方のないところだが、本作は海外も含め評判がよくないらしい。
人類創造にまで踏み込んだ物語に、風呂敷を拡げ過ぎているという声が聞こえてくるが、かつてのように活劇だけで魅せる作品になっていたら、それこそ価値の薄い新作になってしまうことは明白。それなら近作「ライフ」のようにリブート的な作品が他にある。なによりリドリー・スコットがそれを許さないだろう。
今年で79歳だそうだが「オデッセイ」等のポジティヴタッチの作品も撮る一方で、この「エイリアン前日譚シリーズ」も撮り続けるという意欲とパワーには脱帽する。是非ともシリーズを完結まで導き、第一作「エイリアン」に繋がる物語への昇華を期待したい。
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「少女ファニーと運命の旅」
1943年のナチスドイツ支配下にあるフランスが舞台となる、実話に基づく物語。主人公のファニー・ベン・アミは当時13歳で、彼女の自伝を忠実に映像化しており、強制収容により親を失ったユダヤ人の子供たちがフランス人の支援者によって、児童施設でかくまわれながら戦火を逃れて生きるところから始まる。
街にはナチスドイツ側に忠誠する人物もいるため、居場所が通報されてドイツ兵が施設に乗り込んでくる。子供たちは余儀なく街から逃走することになり、その当時安心して生きられる疎開地は、永世中立国のスイスしかなかった。初めは大人たちが引率して逃げ道を誘導していたが、ドイツ兵の包囲網は次々と支援者を捕え、共に行動できる大人は姿を消していく。引率者の先生との別れ際、8人の子供たちを守るリーダー役に抜擢されたファニーだが、彼女自身まだ13歳の少女。邦題には“旅”とあるが、実態はそんな生やさしさはない。生き延びるため地図も持たずに国境を目指す9人の子供たちの姿は悲壮感に溢れる。
息苦しい場面の連続に目が離せないまま全身に力の籠った90分間。何度も絶望的窮地に追い込まれながら、そこで現れる救いの人情と、しだいに結束していく9人の子供たち。その成長ぶりが本作の見どころで、勝ち気で頑固な主人公・ファニーと甘えん坊の2人の妹を中心に、ユダヤ人なのにキリスト教徒でファニーと対立する少年ヴィクトール、ドイツ訛りがあるため言葉を喋らない最年長ディアヌ、その彼女を姉のように慕っているラシェル、普段おちゃらけているがいざという時に大胆な行動に出る少年モーリス。子役の演技が素晴らしいという前評判に期待して観たが、カット割りがとても多いのでこれは演出側の功績も多分にあるだろうと想像できる。子供たちそれぞれのいい演技を上手に繋ぎ合わせているようで演技が自然。おかげで作品内の世界にどっぷりとのめり込むことができる(子役の演技力が気になって没頭できない作品は近年多い)。特に逃亡を続け疲弊しながらも、サッカーボールを蹴ることに夢中になって無邪気に丘を走り廻ることで逃げる距離を稼ぐシーンや、やっと見つけた川で喉を潤していたら水遊びが始まって大はしゃぎするシーン等は、おそらく演技ではない遊びの様子だろう。こういう映像が撮れる現場の雰囲気を確立できるところに監督の手腕を感じとるべき。
昨年公開の「ヒトラーの忘れもの」 が1945年終戦直後のデンマークが舞台であり、ドイツ少年兵たちの苛酷な運命を描いていた。対する本作はその2年前のフランスにてユダヤ人少年少女の激動を描く。どちらも目指すは国境。片やドイツを、片やスイスをという対立する対極の立場の国。どちらにも共通するのが、戦争の犠牲者は常に子供。この2本で大戦時代の対立国の悲劇、そこに生まれる奇跡の感動劇を追体験できる。
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「ベイビー・ドライバー」
幼少時の自動車事故で両親を失ってしまい、その時の後遺症で難聴になったベイビー(アンセル・エルゴート)は好きな音楽を聴くことで障害となっている耳鳴りがかき消され、その音楽のリズムに合わせて驚異のドライビングテクニックを発揮することができる。・・・というマンガみたいな設定が受け入れられるか否かが心配だったが、鑑賞してみればリズミカルでテンポの良い活劇に魅了され、約2時間を楽しむことができた。
ベイビーは犯罪組織での強盗団逃亡時のドライバー役が任務。彼の操る逃走車は激しいドライビングテクニックによってカーチェイスを展開、結果必ず警察の追撃を振り切る。その成功率は100%で組織のエージェントであるドク(ケヴィン・スペイシー)は絶大の信頼をベイビーに抱く。だが、強盗団の実行側の連中は、無口でコミュニケーションを拒絶するベイビーを快く思っていない。しかも常にイヤホンを耳にしているベイビーが気に入らない存在だった。
そんな日々が続いていた時、ベイビーはウェイトレスのデボラ(リリー・ジェームズ)と出会い恋の予感が訪れる。しかし裏社会で生きる自分では彼女と対等になれないと怯むベイビー。そもそも本来は心のやさしい青年のベイビーにとって、犯罪に加担する自身の行動に自ら疑問を抱いており、とある理由でできた借金を返済したら足を洗うと決めていた。しかし一方でベイビーの腕を手放したくないドクは、デボラの存在を突きとめててベイビーを脅し、次の仕事にも参加させようと企てていた。それは郵便局からの無記名小為替強奪。果たして最後の犯行に挑むベイビーは 、従来通りに逃げ切ることができるのか!?  
オープニングのカーチェイスシーンから音楽とのシンクロ率が高く、その直後のアジトにコーヒーを届けに行くベイビーによるストリートパフォーマンスも、街全体が彼のリズムに合わせて動くのがとても楽しい。曲調に合わせた銃撃戦、カースタントなどマンガ的な演出が徹底していて楽しいのだが、ここに乗れずに白けてしまうと本作は見ていられなくなるだろう。これらの奇をてらう演出は後半のクライマックスでも強烈に主張されるが、その前にコインランドリーでぐるぐると回転する洗濯物が赤、青、黄と原色で彩られ、非現実的な演出を匂わせるのが本作はリアルサスペンスではないのだということを先に提示してくれる。ファンタジックに楽しむためのカーアクション&ラブストーリー世界は、それ以上の揚げ足取りに意味を成さないことを上手に予告する。全体的にテンポ重視なところが本作を面白くしており、そこに割って入る登場人物で最大の極悪人バッツ(ジェイミー・フォックス)の登場から一気に緊張感は高まる。そこからラストまでほとんどノンストップで展開していく後半はお見事で、音楽とのシンクロ率は「ラ・ラ・ランド」よりも高いことは間違いないと思うが、そこよりカーアクションを売りにしているところが興行的に裏目なのではと危惧してしまう。

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<話題作批評『GODZILLA 怪獣惑星』>
<問題作批評『霊的ボリシェヴィキ』>
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