キューバの英雄エルネスト・ゲバラともう一人、日系人のエルネストことフレディ・前村・ウルタードの話。
始まりは1959年、ゲバラが電撃訪問したHIROSHIMA
初めて訪れた諸外国の要人だったのじゃないだろうか?
この地から彼の名言が綴られてゆく
「アメリカにこんな酷いことをされて、なぜ君たちは怒らないんだ」
映像には無かったけれど、あの影を焼き付けた石段の前では手を震わせていたのだと思う。
二人のエルネストはともに裕福な家庭の出身。
そのおかげで世界の色々な情報を耳にし見たりし、共に医学を学んだ二人であり、世の中の不合理に憤慨を抱いてゆく様は、そりゃぁ惹かれ合うだろう。
エルネスト・ラファエル・ゲバラはチェ・ゲバラとして有名だけど、これを日本語にすると「よう、ゲバラ」なんだそうだ。
この気さくな彼もしっかり映像に作りこんであった。
F「コマンダンテ(最高司令官)」
G『その呼び方はやめてくれ』
F「ではなんとお呼びすれば?」
G『チェでいい』
最高司令官に「よう!」と呼びかけるって、そっちもハードル高そうだ
フレディは、チェに二つ名をもらうのだけど、それが「エルネスト・メディコ(医師・エルネスト)」を授かった彼の心の中は感涙に溢れ返っていたんだろう。
フィデル・カストロとの意見の違いもあり、自身の思いもあり、世界の反乱戦線へ身を投じてゆくゲバラと、その思いに共感し共に進むことを決心したフレディ
そんな形でしか想いを形にすることしかできなかった、アメリカに蹂躙されていた当時の中南米・・
そこにまたチェの名言が登場する
「憎しみから始まる戦いは勝てない、怒りで戦うんだ」
思えば、フランス革命も百姓一揆も、そこから始まった。
現代日本の3無い運動が終息してゆく様は、まさにそれだった・・・
最後はボリビアの山中で彼らが全滅するシーンで終わるのだけれど、チェにもらった二つ名「エルネスト」を仲間に呼ばれて振り返ったその姿で終わるラストソーンが目に残っている。
GNPもGDPも拡大していると言われている我が現在日本。
けれど我らの心が豊かにならないのはどうしてだ?
生活の豊かさも今は失われつつある。
そんな今にゲバラの言葉が刺さる
「もし我々を空想家のようだと言うなら、
救いがたい理想主義者だと言うなら、
できもしない事を考えていると言うなら
我々は何千回でも答えよう。その通りだと」
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