「私は一生のうちに馬鹿なことも大いにやるかもしれないが、恋愛結婚だけはしないつもりだ」。
これはその男の言葉であり、しかもこの人はそれを実行しました。33歳まで独身を続けた後、金持ちの未亡人になったばかりの、自分よりも12歳も年上のメアリー・アンナに求婚しました。もちろん、恋愛ではなく、当時彼は借金を抱えていたので、金目当ての求婚だったと云われています。
ところが、相手の未亡人の方もちゃっかりしたもので、言い寄ってくる者が金目当てであることくらいお見通しだった彼女は、表向き亡夫の一周忌が過ぎるまで結婚を待ってほしいともっともらしい条件を持ち出して、それまでしっかりと彼の性格を見極めました。
何とも散文的で勘定高いお話ですが、その結果は非常な成功で、これくらい幸福な結婚生活を楽しんだ夫婦は珍しいと云われています。
男の名はベンジャミン・ディズレーリ。政敵ウィリアム・グラッドストン(←実は、この人の結婚生活もかなり幸福なものだったと云われています)と亘り合いつつ、英国ヴィクトリア期(英国の最盛期)を支えた大政治家です。
メアリー・アンナは若くもなければとくに美人というわけでもなく、また頭が良かったり、何かの才能に恵まれていたりしたというわけでもありませんでした。それどころか、ギリシア時代とローマ時代とは、どちらが先だかわからないし、服装や家具調度の好みもまるでセンスがなかったそうです。
それだけに、吹き出さずにはいられないような間違いをしばしば平気で口にしましたが(今でいう天然系あるいは不思議ちゃんに近いですね)、これが、政敵との闘争や才女たちとの機知の応酬に疲れ果てて帰宅するディズレーリにとっては救いでした。妻とのとりとめもないおしゃべりは、この上ない慰めとなり、家庭は彼にとって何ものにも代えがたい心の休息所になったのです。
実際、ディズレーリは一日の仕事が終わると、早く妻と話したくて、家に飛んで帰ったといいます。誰かが妻をからかったりしようものなら、むきになって彼女をかばいましたし、彼女が人前でどんなへまを仕出かしても、彼女を責めたり、咎めたりすることはなかったそうです。
メアリー・アンナの偉いところは、こうしたことを当り前のこととは受けとめず、夫への感謝を忘れず、いつも心からディズレーリを賞賛し続けたことです。ディズレーリとの結婚生活は30年に及びましたが、彼女は飽きもせず夫のことばかり話し、よく「夫が優しくしてくれるので、私の一生は幸せの連続です」と友人たちに語っていたそうです。
口先ばかりでなく、彼女はその富をディズレーリのためになら湯水のように使いました。というより、自分の富はディズレーリのために費やされてこそ値打ちがあると考えていた節があります。
それほどの素晴らしい夫(妻)が相手なら自分だって、と思われた人もいるかもしれません。でも、(未婚者の私が言うのも何ですが)結婚というのはそんなに生易しいものではないのだろうと思いますよ。
ただ、「自分はこれだけ努力をしているのに(相手はそれに報いてくれない)」といった、うまくいってない夫婦にしばしば見られる被害者意識みたいな感情が、このふたりになかったことは確かでしょうね。
ふたりの間では、こういう冗談がよく交わされていたといいます。
「私がおまえといっしょになったのは、結局、財産が目当てだったのだ」
「そう。でも、もう一度結婚をやり直すとしたら、今度は愛を目当てに、やはり私と結婚なさるでしょう」
ディズレーリはそれを認めていました。
ふたりは、互いに相手を認め合い、それぞれの長所を伸ばし合うことで幸福な結婚生活を築いたといえるでしょう。
今日は、ディズレーリの136回目の命日です(ディズレーリの好きな花、プリムローズ(桜草)に因んで、プリムローズ・デイとも云われています。ヴィクトリア女王が、宮殿の庭で摘んだプリムローズをよく彼にプレゼントしていたというエピソードも遺っています)。
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