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2012年04月22日15:05

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旅行記(154:南東北旅行記<4>-代行バス-)

(三日目)
今回の旅行の目的はもうひとつあり、震災被害地へ行った上で何かしらの商品を買い地元経済に貢献することであった。
山形に一番近い上に、かつて訪れたことがある仙石線沿線に行くことは決めていた。(行った事があるのは松島)
移動時間を考慮したうえで、石巻へ行くことに決めた。
 
早朝の仙山線に乗り、仙石線に乗り換え石巻を目指すことにした。
乗り継ぎが非常に悪く、多賀城・本塩釜と乗継をしいられた。
最後は松島海岸駅で代行バスに乗り換えて移動する事となった。
今までの沿線も津波の被害は少なからず受けているのだが、遠目にはあまり被害は見えなかった。
(本塩釜では港で更地の箇所が見えたので、理解はしたが)
 
代行バスは奥松島パークラインに沿って石巻へ向かっていく。
手樽駅あたりは、架線柱は傾いており、線路も赤く錆びていたが、すぐにでも復旧できるだろうと眺めていた。
陸前富山駅近辺は山側に迂回したため景色は特に見えなかった。
しかし、塩害により田植えが成されていない田んぼが多く見られるようになってきた。
陸前大塚駅近辺から道路は海側に面しており、このあたりからは完全に景色が一変し、津波被害の現実を見る事となった。
まだ陸前大塚駅の近辺では被害はまだ少なく、家々も普通に残っていた。
 
次の東名・野蒜駅では全く景色が違っていた。
年が明けたにも関わらず、未だに津波の被害にあった建物が所々に見られようになった。
しかし、よく見てみるとベッドタウンの街並みの中で残された建物であり、今は更地になってしまっただけで、とてつもなく多くの家並みが失われていたことに気付いた時に絶句した。
特に野蒜駅近辺は、手つかずとなっている場所さえあり、未だに被害の現実を見せつけられた。
その中でも一階は津波の被害に遭い、筒抜けになっているのだが、二階には人が住んでいる家が多く見られた。
廃墟のようになってしまった街でも、生活をしている人がいるという現実は非常に重かった。
 
代行バスは鳴瀬川を渡り、陸前小野駅前を通過した。
かなり内陸を走っているにも関わらず、海側のエリアは被害が大きくほとんど家が建っていなかった。
しかし、線路は復旧工事がなされているようで、新しいバラストを入れており、まもなく復旧するような感じが見受けられた。
徐々に開けていく街並みを進んでいくと、代行バスと仙石線の乗換駅である矢本駅に到着した。
 
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旅行記:2012/01/07(Sat.)
写真: 石巻駅・切符売場
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