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2009年03月08日09:31

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旅行記(84:うたとをどり2000<5>: 桂YH<2>)

早朝にトイレに行こうと思って1階に降りて行った。
やはり雑魚寝で寝ている人がいっぱいいたのだが、AM4:00だというのにある一角だけが異様な盛り上がり方をしていた。
きゃんぱーさんから名前を呼ばれ(※1)、その一角へ行ってみるとUNOで盛り上がっていた。
「まさか、夜通し?」と聞くとその通りであった。
トイレに行った後に、その一角に入れてもらいUNOを始めたのである。
さすがに徹夜でUNOをしているたメンバーである。
AM5:00頃にはダウンし始め、お開きになってしまった。
 
AM7:00位になり皆起き始めた。
特に朝食代は払ってはいないのだが、宿の主人が軽食を作り始め、泊っている人たちに振舞い始めた。
しかし、特に伊丹発早朝便や一日一本しかない便に乗る遠方から来ている人達が徐々に帰り始めた。
桃岩荘京都大会の次の日、皆日常に帰りつつあるのである。
 
AM8:30位になり、「いつもの石狩挽歌」が流れ始めた。
この曲を合図にして、桂YHを出ることになった。
8時間コースメンバー4人で、車で京都市内観光へ出かけることになった。
 
最初のうちは伏見稲荷だったのだが、車を止められる場所がない。
結局は車が止められたのは円山公園駐車場となり、二日連続で来てしまった。
ここを中心に歩いて清水寺(境内には入らず付近を散策)、河原町近辺を散策した。
その移動中四条大橋の上にて「昨日の夜、変な人達が踊ってたよね」という女性二人組が通り過ぎて行った。
明らかに変な人達4人組の自分たちではあるが、見て見ぬふりをした。
最後は京都駅八条口で車に乗って帰る二人(名古屋圏)と電車組とで別れた。
その後電車組は神戸と自分(埼玉)なため、京都駅構内で別れた。
永遠の別れという感じではなく、軽い感じな別れ方であった。(※2)
これで夏の桃岩荘から始まった色々な事が終ったのである。
 
 
普通ならば、これで桃岩荘との関係が切れてしまうのだが、
徹夜UNO組に参加したことと、
「電脳あほのーと(旧)」に覆面投稿人として参加し始めることにより、予想もしなかった展開になり始めた。
 
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旅行記: 2000/11/05 Sun.
写真: 円山公園
   清水寺下から京都市内(当時仁王門は修復工事中)
 
※1
前日に一度顔を合わせただけなのに何故か名前を覚えられていた。
 
※2
そのため「また会おう」という感じの別れ方であった。
実際その後一人を除いて、その後数回会う事があった。
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