ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

認知症と高齢化社会コミュの私の父の場合 その1

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
認知症がこんなものだとは思いませんでした。
祖母がそうなったときは、父と「おばあちゃん、ぼけてるね」って全く深刻になることもなく笑っていました。
祖母のそれは、どこかユーモラスですらあり、可愛らしいものでしたから。

父が軽い認知症だと診断され、
突然倒れ、緊急入院をした時からその認識が変わりました。

話は反れますが、父は私が10代の頃に離婚をしており、長いことまともな親子関係がないまま暮らしていました。
若い頃から酒に逃げる所があり、軽いアルコール中毒的な症状もありましたし、時折、大声を上げることもありました。
若かった私はそれが大切な仕事の重責の裏返しだということを理解できませんでした。
離婚後、父は小料理屋で働いていた女性と家庭を持ち、その子供達と共に生活をしていたのも手伝って、更に思春期の私は父が苦手でした。私と父はそんな長い長いブランクがある親子です。

話を戻します。
父が入院したのは、精神病院に内科が付属するところで、
そこは、鍵がかかる老人専用の閉鎖病棟でした。

入院の知らせを受けてしばらくは私はその病院に足を運ぶことを避けていました。入院前には精神病院への入院をことさら拒んでいた父がどうなっているのか見るのが怖かったのもありました。

やっと、勇気を出してその病院へ。
鍵を開けてもらい、病室に入りました。
そこにはたくさんのご老人が車いすなどに座り、テーブルに並んでいました。
恥ずかしいことに、私は父を見つけられませんでした。
それほど、そこにいる人々はみんな表情がなく、同じ顔に見えました。
やっと、父を見つけだして
「おとうさん」と声をかけると・・
「誰?」と聞かれました。
ショックでした。

すぐに顔は思い出してくれたので、
部屋の片隅に移動して、話をしました。
父はずっと片手の人差し指の付け根をペロペロなめていました。
私は父に聞きました。
「それは、何をしてるの?」
父は、
「信号を送っているんだ」
泣き出したくなるのをこらえてまた聞きました。
「へえ。。どこに?」
父「船だよ。おまえも見たことあるだろう?家のよこにつないである、あの大きな船だ」
私「・・ああ・・・あれね・・なんて信号を送ってるの?」
父「迎えにこい!って。」

もう涙が出て止まりませんでした。
この日から、私の認知症への認識が芽生えたのでした。




コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

認知症と高齢化社会 更新情報

認知症と高齢化社会のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。