わたしは昔聞いたことがある
しかし誰から聞いたかは思い出せない
そうして誰からか聞いた話なのかも思い出せない
本当は誰にも教わってないのかもしれない
ひょっとしたら生まれる以前のことを
記憶を
宇宙（そら）から地上へと降りるときに
かろうじて耳に聞こえた話かもしれない
やがてだがその子供は大人になった
大人と呼ぶには頼りないが
彼はいつまでも脳のあたりにこびりついた頭痛の種を捜していた
なぜ こんなにも頭が痛むのだろう
なぜ こんなにも不幸なのだろう
なぜ 大地は何も答えないのだろう
彼は青空と太陽と月が交差する暁の夕焼け空が好きだった
夜になるとまた誰しもが考え付かない配置で星が照っている
いつしか彼は大地に呆れて空ばかりを見るようになった
「スペルシオ、あまり外に出てはいかん。」
爺のハハペルシオスが彼に声をかけた。
「外には闇が潜んでいる。お前が星々に心奪われる気持ちはわかるが、外の世界にはもっと恐ろしいものが待っていて、足をくじいたり手を痛めたりしたときに、お前を喰らってやろうと潜んでいる。今は家に入りなさい、そうして温かいスープをのんで、眠りなさい」
スペルシオはハハペルシオスの促すままにうなずいて小屋に入った。
薪木がたかれた庵を見つめながらハハペルシオスの炊いた温かいスープを飲んで、スペルシオは家の爺に聞いた。
「このスープはヤギの乳からとれたのだろう？」
家主の爺は答えた。「そうじゃ、草を食べるヤギから生まれた乳に、裏山のキノコやら山菜をまぜて煮込んだものじゃよ」
スペルシオは爺に質問をする。
「それではまるで、この温かいスープはすべて、大地から生まれているようじゃないか」
爺はうなずいて答えた。
「これはすべて大地から生まれた、もちろん天からの光、太陽の熱を受けて反射している間のことだが、この一瞬のうちに地球はうまれて、人生はうまれてくるのじゃ」
スペルシオは瞬く間に大地を愛するようになった。存在とは、決して嘆くようなことではない。私がもしも嘆くのであれば、それは自分自身について嘆くのだ。わたしは大地を知らない。
一晩眠る間に、スペルシオは何千回もの瞑想をした。目をつぶり時を探し出そうとした。宇宙とは何かをついぞ見つけられずにいた。その間に何千もの大地をみた。だが大地を知らなかった。
空が白まるときに、彼は決意を固めたのだった。またその気配を気づいているものがいた。
スペルシオはその日の一日の朝が訪れたとき、爺に大地を見渡したいという願望を伝えた。
いつも大地（日常）に絶望をし、他に天はなし、空ばかりを眺めていた小僧が、初めて大地の偉大さに気づいたことを爺は目を見開いて感動した。ハハペルシオスは思った（この子は私の再来なのかもしれない、しかしこの子は空ばかりを眺めている）。
ハハペルシオスは若干脳裏に浮かんだことがある。大巨人のイジペトロエスが地上には住んでいるのである。
大魔神とも呼ばれるイジペトロエスには顔が千個あり、そのそれぞれの顔には肉体がついてある。一つの顔にはガマガエルのような体をしていて、その別の顔には蛇やトカゲの体を持っている。そうして同時に食い合っているような有様なのだ。
大地とはそんなにも綺麗ごとではすまされないので、ハハペルシオスはスペルシオを心配したのである。
決意を持ったものには三つの神器が与えられる。一つは古ぼけたマント、一つは頑丈な杖、一つはどこから来たものかわからないがとても良い教本だった。
ハハペルシオスはその三つを用意した。三つともさしあたって用意するのには困らない。なぜなら古ぼけたマントは古ぼけた布や衣服があれば適当に裁縫ができる。一つの頑丈な杖も森の中で薪を捜しているうちに、とても固い薪には適さないものがそこらにある。また最後のどこから来たのかわからない教本も簡単だった。
なぜなら他人が書いた本はすべて教本たるからである。爺がしまっている蔵書の中から、ハハペルシオスはドフトエフスキーの”賭博者”という教本を手渡した。
スペルシオはハハペルシオスに頭をたれた。そうして古ぼけたマントを背に、頑丈な杖を手に村を離れた。
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