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2021年08月31日18:50

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五番勝負、世界の武満vs世界のサカモト

武満徹と坂本龍一は、ともに私が愛してやまない作曲家。
ほとんど独学で作曲を学び、それゆえに西洋音楽の楽典楽理の束縛に拘束されることなく、自由な発想で独自の音世界を築いた武満徹。
一方、アカデミズムのまっただ中に身を置きながら、現代音楽のあまりに狭い世界にとどまることを嫌い、ポピュラー、ジャズなど、あえて異種格闘技の世界に飛び出すことで、自らの音楽を構築していった坂本龍一。

出自は違えど、2人の間には、多くの共通点がある。

ともにバッハの「マタイ受難曲」とドビュッシーを深く敬愛していたこと。

若い頃はバリバリの現代音楽家からキャリアをスタートしたものの、現代音楽の狭い世界を飛び出し、ポピュラーや映画音楽など、ジャンル無用、ボーダーレスの作曲活動を続けたこと。

その強い映像を喚起させるイマジネーション豊かな楽曲は、多くの映画監督からの信頼を集め、数10作品に及ぶ実に多数の映画音楽、劇伴音楽を手がけたこと。

西洋と東洋の狭間に立って、東洋人が西洋(風の)音楽を作ることの意味を常に厳しく問い続け、西洋の「音楽」という「構造物」と、東洋の「音」という「自然現象」との相克と両者が両立、共存する「音世界」を目指したこと。

映画における西洋的なドラマ,物語性の展開に対し,音楽を東洋的な時間と空間感覚の中で広げていったこと。

また、2人の間には、実にほほえましい交流の数々もあった。

まだ学生時代の血気盛んな坂本が、大胆に和楽器を取り入れた武満の楽曲に対し、「前衛のトップランナーたる武満が、安易にジャポニズムに回帰するとは何事か!」と中傷ビラを配布したこと(それは、「本当は信頼している先生にわざと突っかかっていく中高生のようだった」と述懐している)。

思いがけず武満本人が現れ、どこの馬の骨とも分からない若造の理不尽な話にも耳を傾け、「私は武満教の教祖にして唯一の信者である!」と一喝したこと。
(こちらも後日「今になって考えるとずいぶん的外れなことを批判していたんじゃないかと思います。武満さんは『邦楽器を使ったから保守的だ』なんていう、そんな表層的な批判に屈せず、常に楽器の響きの豊かさや音楽の新しい可能性について考えていらっしゃった方だった」と正当な評価を行っている)

数年後、思いがけず再会し、武満から「君はあのビラの子だね、いい耳をしているね」と褒められ、坂本はとても嬉しかったと喜んだこと。

武満は「近年の音楽は似たようなものばかりだ」と嘆きつつも、坂本の「戦場のメリークリスマス」の音楽を高く評価していたこと(武満は、「戦メリ」以前の大島渚監督の映画音楽を担当していた)。
一方、坂本は、その武満の音楽は独学ゆえにアカデミズムとは無縁であるからこそ素晴らしいと評価していたこと。

武満が晩年ハリウッドの映画音楽を手がけた時、自らの意図にそぐわぬ音楽の編集がなされ「あんなの、もうぼくの音楽じゃないよ」と愚痴ったところ、ハリウッドの映画音楽では先輩の坂本から「そういうことはしょっちゅうですよ」と逆に慰められたこと。

いつか一緒に音楽を作ろう、と意気投合したものの、武満の早すぎる死によって、その望みはついに叶わなかったこと・・・

この2人の関係は、やはり現代音楽からスタートし、多数の映画音楽を手がけつつも、同時に現代音楽、純粋音楽の作曲も続けた、イタリアのニーノ・ロータとエンニオ・モリコーネの関係を彷彿とさせる。

こんな2人であるから、同じ映画の旧作とリメイク版の音楽を担当するなど、図らずも同じ趣旨の音楽創作に携わる機会もあった。

そこで、私の知りうる範囲で、同じテーマのもとに作られた2人の楽曲を比較して聞いてみようと思った。

世界の武満vs世界のサカモト、五番勝負である。

【映画音楽編】
★第1局(曲)
武満「切腹」
https://www.youtube.com/watch?v=b39wks4TL1g
坂本「一命」※リメイク時に改題 英題:Harakiri death of a samurai
https://www.youtube.com/watch?v=mJMkybmjH-k

武士道の気概がすっかり形骸化し、武家階級といえども単なる官僚組織に成り下がった時代の江戸中期、義を重んじる昔気質の武士の姿を時代劇のスタイルの中に描いた映画。
胸を掻き鳴らす琵琶の激しい響きで「切腹」の緊迫感、切迫感に満ちた緊張感みなぎる武満に対し、坂本の音楽にはロマンティシズム、甘さが過ぎるように感じられる。
ここでの琵琶の実験的にして極めて効果的な使用が、後に武満の名を世界にとどろかせることになる「ノヴェンバー・ステップス」につながっていることを考えても、ここは武満に1票。

★第2局
武満「嵐が丘」
https://www.youtube.com/watch?v=_u8CmqpCxi8&t=184s
坂本「嵐が丘」
https://www.youtube.com/watch?v=1oUcmForp_E

言わずと知れたエミリー・ブロンテの文芸作品「嵐が丘」を原作とした映画。
北風吹きすさぶ、うっそうとした暗い荒野の中に、そっと小さく明かりをともすかのような情景が目に浮かぶ坂本の音楽。
一方、武満の音楽は、手中に収めた和楽器の手法によって奏される。
「嵐が丘」の世界自体において、イギリス北部のヨークシャー、風吹きすさぶ荒野そのものがいわば主人公となっており、映画はその情景と分かちがたく一体となっている。その世界をより色濃く反映した坂本の音楽に1票。

【NHK大河ドラマ編】
★第3局
武満「源義経」
https://www.youtube.com/watch?v=JbKh3UBoOh8&t=60s
坂本「八重の桜」
https://www.youtube.com/watch?v=QgwMfSTfWvU&t=28s

いずれ名だたる作曲家たちが手がけてきたNHK大河ドラマのテーマ曲。
源平の戦、そして幕末という動乱の戦乱期に鳴り響く、空間を切り裂くかのような和笛から始まる両曲、よく聴くとテーマの旋律線もよく似ているのは、先輩武満への坂本からのオマージュか。
若武者の一心不乱な勇姿と悲劇、そして動乱の幕末から明治にいたる壮大なスケールのドラマを、それぞれ、わずか2分!の短い楽曲の中に、時間と空間を封じ込めた音世界として展開せしめたという偉業をかんがみ、両者引き分け。

【CM、TV音楽編】
★第4局
武満「サントリーウィスキー『リザーヴ』」CM
https://www.youtube.com/watch?v=pMxlJwxHO7k
坂本「サントリーウィスキー『山崎』」CM
https://www.youtube.com/watch?v=HexZ2KgFTqQ

サントリーの名を冠した音楽ホールや、傘下に文化芸術財団を持つように、サントリーという企業には、音楽に造詣の深いという企業イメージがある。
武満、坂本ともそれぞれウイスキーのCM音楽を手がけている。
いずれも大変美しい音楽で、甲乙付けがたい。
ウィスキーの芳醇にして濃厚な味わいを、武満トーンと呼ばれる色彩鮮やかで、たおやかな和音と旋律に表現した武満。
ウィスキーの命でもある水、その源である清流の清冽な響きを、水しぶきの一つまで音符に記すかのような鮮烈な音楽に仕上げた坂本。
いずれも甲乙付けがたく、この勝負は両者引き分け。

★第5局
武満 TBSニュース23 エンディングテーマ曲「翼」
https://www.youtube.com/watch?v=6okVOI-juw4&t=79s
坂本 TBSニュース23 エンディングテーマ曲「put your hands up」
https://www.youtube.com/watch?v=Fbd9VzjlCmE

司会の筑紫哲也が、武満、坂本いずれとも親交があったことから、両者が歴代のエンディングテーマを手がけることになった。
両者とも、シリアスなニュース番組のエンディング曲ということもあり、明日への期待を感じさせる穏やかな曲調。
優れた文筆家でもあった武満は「翼」の作詞も手がけている。
鋭く尖った両者の特質の中にも、思いがけない意外な一面を感じさせる曲調であり、こちらも両者引き分けとしたい。

【場外乱闘編:映画監督タルコフスキーのために】
武満「ノスタルジア〜アンドレイ・タルコフスキーの追憶に」
https://www.youtube.com/watch?v=6Yv5Yr1DyDk
坂本「andata〜架空のタルコフスキー映画のサウンドトラック」
https://www.youtube.com/watch?v=pygwK0sBUdM

ともに、旧ソ連の映像詩人、映画監督のタルコフスキーに捧げる楽曲。
これも、2人の音楽に共通の強い映像喚起力が遺憾なく発揮された、それぞれに武満、坂本の個性がよく現われている、いずれ劣らぬ素晴らしい楽曲だ。
常に形と色彩を変え,一定の姿をとどめない「雲」のような武満の「ノスタルジア」。
雲は,いずこからともなく自然に発生し,常に形と色彩を変え,そしていずこともなく消えていく。
彼の音楽も,自然現象のごとく、いずこからともなく音が発生し,やはり常に形と色彩を変え,そしていずこともなく消えていく。
雲は,海や湖から水分を吸収し大きくなり,時に猛々しい風神雷神となって嵐を起こし,時に慈雨となって地上に潤いをもたらす。
武満の音楽も,時に荒々しく凶暴で,まがまがしいまでに聴く者の耳を惑わし,その一方で時に清澄で幽玄な響きとなって,聴く者の心にじわじわと染み渡り,潤いで満たしていく。

対する一方の坂本の「andata」は、主旋律とは全く別の調性とリズムを持ったノイズ,荒削りのシンセサイザーの音が,時に暴力的なまでにパワーを持って,主旋律と和声に介入し,対峙する。
一貫して響く主旋律とコード進行。そこに場違いなほど,まがまがしいまでの凶暴さをもって介入するノイズ。
主旋律は,ピアノにパイプオルガンと,世界基準,ワールドスタンダードである西洋音楽を代表する楽器の音で奏でられ,そしてまた同様に西洋音楽を特徴付ける「調性」をもって演奏される。
しかし,それに絡むノイズは,その「西洋音楽の代表格」であるかのような主旋律と調性,楽器音に対し,全く無関係に存在するようでもあり,また真っ向から反発し戦いを挑むかのようでもあり,あるいは,コミュニケートを取ろう,ともに響き合おうと呼びかける音のようにも聞こえる。

それはまさに武満が「ノヴェンバー・ステップス」で描いた、西洋のオーケストラと日本の和楽器が併置され、互いににらみをきかせ、相克し、そして共存する音世界の、その坂本ヴァージョンではなかろうか。

というわけで、両者がっぷり四つの五番勝負+場外は、両者引き分けという結果に。
予定調和かっ!(^^;)

本当に、あえてあえて言うなら、私の好きなヴァイオリニストのクレーメルが、武満の「ノスタルジア」で、まるで極上のチョコレートが口の中でねっとり溶けていくかのような、甘美にして濃密な官能美に満ちた演奏を聴かせてくれていること、そしてそれがまた武満の芳醇な音世界によく似合っているということで、ごくごく僅差により武満の勝利(^^;)

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