これまで自分ではファシリテーターとして課題定義をすることに適した視点を持っていたと自負していましたが、実戦経験不足による未熟さを実感する機会がありました。
非常に良い機会だったので、今回はそのことについて振り返って行きたいと思います。
以前のSmall topicで、とあるクイックに解決したい業務課題を解決するために、課題解決ワークのファシリテーターをやってほしいという依頼を受けたことを書きました。
早速、依頼主から課題を聞いて、課題の背景についても納得の上で、手段を目的化しないように適宜修正をして課題定義書を作り直しましたが、それを先輩ファシリテーターである上司に見せたところ以下のような指摘があり、経験不足を実感しました。
「この課題定義書には大きな欠陥がある。課題定義における3大悪として、課題が巨大・あいまい・方策ありき、というものがある。クイックに解決するには解決したい課題を適切なサイズに整理する必要がある。課題の背景は別に間違っていないが、本当にクイックに解決したいことは何なのかを考えて課題定義はするべき」
巨大・あいまい・方策ありき。
私が気をつけてできていたのは「方策ありき」ではないことだけで、相談された内容について「巨大かどうか、曖昧かどうか」についてチェックする意識というものが少なかったことに気が付きました。
1つだけできていた理由は、過去にその上司と取り組んだ課題で方策ありきであったがゆえに議論がうまく進まなかったという苦い経験があったからでした。
逆になぜ巨大かどうか、曖昧かどうかについて意識が弱かったのかをちょっと考えてみると、理由は2つあると考えました。
まず1つ目は、「相談」という刺激に対して、無意識にその課題を100%解かなければいけない、という反応を示していたことです。
この前提は相談者がきちんと解くべき課題を理解して持ってきているというものです。
また2つ目は、その課題をロジカルシンキングで対応したときに施策が多岐にわたりすぎる懸念があったり、色々な解釈・場合分けが必要かどうかの想像力が十分働かなかったこと(ファシリテーターとしての経験不足)があると思います。
これは議論の過程をイメージできればわかる問題で、巨大な課題は少数のクイックな取り組みでは改善できませんので、議論は多岐に渡り、収束が難しくなりますし、方策に落とし込みにくくなってきます。
これらを見抜けなかったことが今回の指摘の根本原因だと思います。
やっぱり自分は未熟だなーと思いつつ、こういうDifferenceを駆動力にしてファシリテーターとしてのレベルアップを図っていこうと気持ちを入れ替えた今日このごろ。
以上
【最近のGratitude】
・Senior Advices
Recently, I talk with my boss frequently. My boss gave me a lot of great advices such as how to facilitate, what I should think my own career. Those senior advices had deep insights and outside point of views. And purely speaking, I enjoyed talking with my boss this week.
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