高1クラスとか部活問題とか、どんだけ昔の事を引きずってるねん……と思われるかもしれないが、
それで受けストレスが、俺に多重の「過真面目」を引き起こさせた。もっと言うなら、「ま違ってる前提を、延々と当てはめ続ける」って事だ。
本末転倒が起きる理由としては、その人の中で、「手段」がゴールになってしまっているからだ。そしてどこからスタートするかって言えば、「とんでもない、それこそ生死に関わる失敗」を挽回しようとして、引き起こしてしまうj。もうとっくに、前提が変わってしまっているのに……それが周りから、「コイツは、何をから回ってんねん」という事態を招いてしまう、十年以上、俺はそういう状態に陥った。
誰にも相談出来ず、クズに目をつけられ、母に心をボロボロにされ、そして気持ちも共感されない……それが俺にとっては、「生死」に関わるストレスだった。「辞める」って事が、一重に俺に「最悪な状況が起きるぞ」と発信し続ける気がした。原因は、別のやつのせいなのに、何で「自分のせいで」と思ったのだろうか。
俺はあえて「今までの自分を辞めます!」と言おう。もっと言えば、間違った前提の中に所属するのを「辞める」って事だ。言うまでもなく、「そんな所に」に突っ走ろうとしてきた、俺の暴走を「止める」って事だった。
俺のこれを書いている時、2つの事を思い出した。
一つは、高3の時、経験者であったハセティーに「俺の力が(俺が止めなかったから)……」と言われたこと。
そして、郡山、筒井近くの焼肉屋で「シミー」に再会したとき、天から声が聞こえてきた。
「カトー、お前もう、あんな連中(森本、植村)なんかツルまんでええぞ」というものだった。
つるむのを、関わるのを「止めろ」。
その声は紛れもなく、俺の本心だったろう。そして、森本から端を発した、クズも言わすもがなだ。
そして長谷川先生の言ってた事も本心だったろう。あんなもん、この人が「止めな」ければ分かるはずもないのだ。
もう自分を痛め付けるのは「止めろ」
話はそれからだった。
どんな話?
自分の幸せについての。
了
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