前の席の子の背中にうっすら羽が生えていることに気がついた。鳥の翼のようなしっかりしたものではなく、トンボの羽のような頼りないものだった。「あっ」と小さな声を漏らすと、その子が振り向いて、フフッと笑った。「あなたには見えるのね」とその子は言った。
その子がそんな風に話すのも不思議で、思わず目を見開いた。とても人見知りで、なにしろ声を聞いたのも初めてだったのだ。話しかけられて、うんとかううんとか返すのがやっとな風で、自分から親しくもない私みたいな生徒に話し掛けるなんて考えられなかった。
「不思議なことはないわ」とその子は言った。「おしゃべりできるくらいなら、羽だって生えてくるわよ」「それに比べたら空を飛ぶくらい簡単よ」
今までたまっていた言葉を吐き出すように、一日中話し続けた。夜中になっても止まらなかった。
次の日屋上からその子は空を飛んだ。
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