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2017年11月10日00:57

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百の目の棲む場所

空を眺めるときに

人は誰かの目を気にしたりはするのだろうか

最早わからないのでもあるが

しかし過去にはわたしは確かに気にしていた時もあるだろう

病理に堕ちた今と仮定して思えば

今は空や

草や土などとコンクリート

無機物の中にもある何かしらかの善き波動というものに頼ざるを得ない




吐きそうになるとき

多くの人はわたしの酒のみの癖を知ってあったのでそのためだろうと笑いからかう

しかしわたしには酒は処方箋のくすりのようであってむしろ人ごみに酔う

酒に意識はなかろうもん

確かにひとつひとつのアルコールの分子というものが

人の血液に吸収されどのようにめぐるのか

脳に巡るのか心臓に巡るのかそのような意識の実験をしたことなどはあるが


酔いというものは身体的なものだけでなく(無論身体的なるを否定しないが)

いちじるしく環境や他に影響され 

依存するというよりも依存される状態にあるとわたしは思う


わたしは人ごみに酔う

神経質だというのであればそのとおりだ

わたしは人ごみの中に世界の縮図をのぞいたり

もしくは夢のような宇宙の酌図を思い描いたり

楽しい事ばかりならいいのだけれども

結局は人は使命だろうか 死に向かう週末への準備についてを

さも軽々しくしかも滑稽に

楽しく愉快に向いいれる準備というものをしないといけないと思うのだ



朝はまずめに魚の起きる頃

わたしの父は祭壇の前にご先祖にお茶をふるまい

わたしはやはり頭痛に畏れながらも朝の準備をする


親子互いに噛み合わない会話を続けたりするがしかしそれなりに尊敬をしあっている

父はひとつ目小僧のように単眼で素直ではないが憎めない正しき人だと思う

年老いてしまったので

わたしは逆に百の目を持つもの

あるいはどこかでは呪われた

人の所業を恐れるもの

そう




海に浮かぶ小舟が一艘ありまして

そのビルジに溜まる水を吐く

それを一つの詩だと定義した

船底の壁をまたいで海底を

さえぎる漆と会話をし

明日は良ければいいなと思うが

そんなことも気にしてない


わたしに失望をもうこれ以上はしないでくれ

山の霞を五年も食らえば地上のことはどうでもよい

百の目を持った男がいたならば唯すぐにでも


そういう男は今でも人ごみに住んで吐いているだろう

不思議な仙術か神の思し召しといもので

つつしんで受け入れて謎の生活時期と期間を過ごしなさい


わたしは生活から抜け出したいす

まるで千年の月日を雨露とよるの月光  そうしてゆるやかな

ときに激しい太陽のエネルギーを受けて命を感じる

千ん目をもった木像か地蔵のようにして

地上の法則や常識からは解き放たれていたいのです




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