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2010年06月01日14:34

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進歩と安定

歴史の流れも二つの時間で捉えられる。今日、通常「歴史」と呼ばれるものは、過ぎ去った時間において起きたこと、つまり現在は存在しないことを記述の対象とする。それは変化の歴史で、文明とか国の成り立ちから現在に至るまでの変遷が語られる。そうした歴史というのは、往々にして王朝の盛衰とか英雄や偉人たちの記録である。

でも、こうした変化の底に流れる繰り返しの時間もある。王朝の盛衰や英雄の活躍とは関係なしに、下々の者たちは毎日労働にいそしみ、子を生み育ててきたわけである。もちろん、戦争や政治がそうした庶民の生活にも影響を与えるわけであるが、この繰り返される時間が中断されすぎると、共同体の再生産自体が追いつかなくなり、人口が減ってしまう。支配者にとっても、支配する者がいなくなってしまっては元も子もないわけだ。

もちろん、この繰り返される時間にも変化が全然ないわけではない。農村でも新しい知識や技術が導入されるし、古い制度が廃れて新しい制度が確立されたりする。でも、王侯貴族の闘争の歴史よりは変化が緩慢で漸進的で切れ目がはっきりしない。日本でも、時代区分を鎌倉時代とか江戸時代とか明治時代などと時の支配者で区切ったりするのだけど、それは必ずしも庶民の日々の生活の変化と対応しているわけではない。

歴史というのは勝者によって書かれるもので、新しい支配者が現れるとまず歴史を書き直させる。自分たちが倒した支配者の時代をネガティブに描いて、自分たちの時代をバラ色に描かせるわけだ。これがあるから、文字になって残った文献をもとに歴史を再構成すると、時代ごとに大きな変化があるような気もするわけだ。

でも、新しい世の中になっても古いものは一掃されない。直線の時間によって過去へと押し流されたように見えて、実は現在に空間的差異として残ったりする。ちょっと昔の「都市」と「農村」の違いが典型だし、今日の一見世俗的な社会における宗教の影響力もそうである。

柳田国男は、昭和の初期にもまだ一部の農村では松明が照明に用いられていることを指摘している。松明ーろうそくー油灯ー電灯という照明の進化の歴史は、古いものが新しいものにとって代わられる直線ではなく、「つらら」のように堆積するというのだ。つまり、歴史というのは過去ー現在ー未来と縦に流れるのでなく、現在という空間を横に切ってみると金太郎あめのように断面となって現れるわけである。

「進歩」という考えは終わりのない直線によって表される。始まり、成長、繁栄、衰退、終わりという直線の時間から衰退、終わりを取り除いてしまったわけだ。理性に導かれて暗黒の時代から自らの状況を次第に改善してきたのが人類の歴史であり、言ってみれば幼年から成年に達したところで「永遠の若さ」を保ち続けることができると言うのである。

ヘーゲルという哲学者はフランス革命を歴史の終わりだと信じた。理性の体現としての国民国家を人類の進化の到着点としたわけである。実際には、その後も「歴史」は続いてしまうのであるが、冷戦終了後には米国のフランシス・フクヤマによって再び持ち出されたりしている。

でも、世界をよく見てみると、進歩の影に隠れていまだに「過去」が現存している。東京や他の大都市が日本における「進歩」の到達点なわけであるが、田舎にいけばまだまだ昔の慣行が根強く残っていたりするわけだし、都会に住む人間にも妙に迷信深いところがあるし、突然思い出したように昔の文化を懐かしんだりするわけだ。過去として我々が切って捨てたものは、実は繰り返される時間として現在まで続いていて、近代という空間の隣で脈々と生きていたりするのである。

繰り返しの時間において起こることは、現在では「伝統」とか「文化」とか呼ばれて、「政治」や「経済」からは隔離されているのであるが、時にこうした過去が進歩的な空間に交差したり侵犯したりする。ナショナリズムというのも、「文明」という進歩的な空間/時間に対抗する形で「文化」というものを掘り起こして、進歩的な時間の中で行われる「政治」や「経済」に錨をつけようとするものであるとも言える。

「過去」というのが簡単に過去にならないのは、繰り返される時間が我々の生と根深くつながっているからである。どんなに時代が進歩しても、我々は人間として最低限の必要を満たなければならない。それは単に個体のレベルの必要=身体の維持だけはなくて、世代を超えた再生産をも含めたものでなければならない。それは繰り返しによってしか達成されない。この繰り返しのリズムがあまりにも乱されてしまうと、いくら知識や技術が進歩しても、人間の生命力を損ねてしまって、現在の日本みたいに人口の減少が始まってしまうのである。

直線の時間を引き延ばすことによって「永遠の生命」を手に入れようとしたのが近代のプロジェクトだとすると、その失敗の原因は、この繰り返される時間を外に押しやって人間の生命力を抑圧するような制度を築いてしまったからかもしれない。
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