未来への展望がなければ、未来に想いを馳せられないから、レイプして相手がどう感じるか、とか、自分がこれから社会的制裁を受けるかも予測もできなくなり、刹那的に本能のままにしちゃう事が推察できますね。 つまり、未来志向になれない今の教会やお
未来性のついでに書きますと、僕がしている寝たきりの野口栄一君とか、器質性精神障碍とテンカンを持つX君などの話は全く過去の事でもありません。前者は彼の意志をなるべく語り、寝たきりの人でも幸福に生きられ、結婚もできるような社会を作る為。X君の件
ブログの通りかも知れないね。別に科学知識の普及や資本主義の問題でもなく。確かに、宗教戦争や権威主義などの問題はあったが、中世の教会や寺は未来志向だったから。地の果てまで福音や仏法を伝えるなどの目的もあった。でも、今は未来志向にはなれない
先のブログから封建時代の事も少し思ったので、書きます。 確かに、封建制時代はどこの国もイエ中心の社会で、結婚も大体がお見合いでした。イエの繁栄のために仕事をして、結婚もした。子供の教育も親か、親の決めた家庭教師みたいな人が教えていまし