ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

俳諧師:近江不忍コミュの十九、『取合せ』に就いて 『發句雑記』より

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
この作品は自作の詩や小説、隨筆などを讀んで戴く時に、BGMとして流さうと思ひつき、樣々なヴアジヨンを作らうとした内のひとつで、今囘は、


『YAMAHA QY100 Motion1(Mirror) &(Substance) 柿衞文庫(KAKIMORI BUNNKO)
Takaaki Mikihiko(高秋 美樹彦)』

で作つて見ました。





     十九、『取合せ』に就いて


 發句には、

 「季語・切字・五七五(十七文字)」

 といふ特徴的な制約がある。
 それらの條件の元に多くの俳諧師が良い作品を生み出さうと句作するのだが、しかし、その要諦はつまるところ、

 『取合せ』

 ではないかと思はれ、これさへ會得(ゑとく)すれば、發句の世界は廣大無邊(くわうだいむへん)の能力を手に入れられる事になると筆者は考へてゐる。


 この問題では『去來抄』の一説を引用しなければならず、それは、

 『先師曰く「ほ句は頭よりすらすらと謂ひくだし來るを上品(じゃうぼん)とす」。酒堂曰く「先師『ほ句は汝が如く二つ三つ取集めする物にあらず。こがねを打ちのべたるが如く成るべし』と成り」。先師曰く「ほ句は物を合はすれば出來(しゆつたい)せり。其能(それよ)く取合はするを上手といひ、惡敷(あしき)を下手といふ」。許六曰く「ほ句は取合はせ物也。先師曰く『是ほど仕よきことのあるを人はしらず』と也」。去來曰く「物を取合はせて作する時は、句多く吟速(ぎんすみや)か也。初學の人是を思ふべし。功成るに及んでは、取合はす、合はざるの論にあらず」。……』

 といふもので、先師である芭蕉(ばせう・1644-1694)が弟子である濱田酒堂(はまだしやどう・寛文中期-1737)と森川許六(1656-1715)に傳(つた)へた言葉を、向井去來(1651-1704)が總括(そうくわつ)したものである。


 ここで芭蕉は、

 「發句の上品(最上級・上等)の作はすらすらと言ひ下した句で、お前のやうに二つ三つ取集める物ではなく、こがねを打ちのべたやうに作るもの」

 だと酒堂に對(たい)しては述べてゐ、さうかと思ふと、

 「發句は取合はせで、芭蕉は『こんないい方法があるのに人は知らない』」

 と許六には述べてゐる。


 これは一見、矛盾してゐるやうに思はれるかも知れないが、芭蕉は酒堂に對しては、

 「取集め」

 だと表現してゐて、許六には、

 「取合せ」

 だと述べてゐる。
 これはそれぞれの力量に應じて助言(アドバイス)をしたもので、言葉は竝べたり「集める」のではなく、それだけでは一句を上品にする事は出來ず、だからこそ「合せる」のであり、而(しかう)して、

 『取合せ』

 となるのである。
 物を集めてゴミ屋敷にするのではなく、蒐集家(しうしふか)が系統立てて必要な物を集めるのである。


 更に、二人の發言に、

 「物を取合はせて作る時は、一句を多く速く出來るので、初心者(ビギナア)はこれを用ゐるべきだが、經驗(けいけん)をつめば、取合せるとか合せないの問題ではない」

 と去來は解説を加へてゐるが、ただ初心者は兔も角、名人や達人になると『取合せ』などに囚(とら)はれる事はないといふ意見を述べてゐる。


 けれども句作の場合に、その俳諧師の段階(ステエジ)に應じて『取合せ』の能力に差が生じるから、それを意識しなければ應用できない初心者と、もはや血肉になつてしまつて、いちいち考へなくても自然と對應(たいおう)できる經驗者とでは同等に扱へず、そこの所の事情を述べたものと思はれ、それを、

 「功成るに及んでは、取合はす、合はざるの論にあらず」

 といふ風に言つたのではないかと考へれば首肯(うなづ)けるのではなからうか。


 先に述べたやうに、『取合せ』は一般には物と物とを一句中に詠み込めば、それで『取合せ』が成立した事にはなるのだが、だからと言つてそれだけで良い句になるとは限らない。
 上手か下手といふ問題は、自ずと残る事になる。
 それがどういふ事かといふと、どのやうに言葉と言葉を組合せるかに工夫を凝らすかといふ事に焦點(ポイント)があるのであるが、具體的に例を示せば、

   しづかさや岩にしみ入せみの聲 芭蕉

 といふ有名な句の、

 『岩』

 『しみ入』

 『聲(こゑ)』

 といふ單語の組合せに注目してもらへば、その秘密の一端が垣間見えるだらう。


 それらの三つの單語は、バラバラに見ればさしたる言葉とは思はれない。
 しかし、芥川龍之介(1892-1927)の言葉を借りれば、

 「文章の中にある言葉は、辭書の中にある時よりも美しさを加へてゐなければならぬ」

 といふ事になり、それは發句においても變るものではない。


 けれども、發句のやうな短文の中で美を追求する爲には、少しばかり藥味が必要で、その薬味が『取合せ』といふ事になるのだが、さきの三つの單語を繋げると、

 『岩にしみ入る聲』

 となつて、普通に考へれば「しみ入る」といふ動詞は水などの液體に使用され、土やスポンジのやうな柔らかいものに浸透する状態を思ひ浮かべるもので、鐡(てつ)や「岩」のやうな硬いものには沁み入るとは考へないものである。
 それが「岩」に「しみ入る」といふのであり、さらに水ではなく「聲」が「沁み入る」といふのである。
 それも蝉の鳴き聲がである。


 また、次のやうな句では、

   菊の香や奈良には古き佛達 芭蕉

 この作品は名詞と名詞、形容詞と名詞の『取合せ』で、

 「菊の香」

 「奈良」

 「古き」

 「佛達」

 とあるのだが、今を生きる「菊の香」といふ生命あるものと、「古」くからある木の造形物とを『取合せ』る事によつて、二つの物質が静謐の中で、恰も人によつて彫られた「佛」像に命が宿るやうに感じさせた着眼點こそが芭蕉の手柄であるといへようか。


 更に、次の句でも、

   山も庭も動き入るるや夏座敷 芭蕉

 といふ涼しげな作品があるが、

 「山・庭」

 「動き入る」

 「夏座敷」

 といふ名詞と動詞と名詞といふ『取合せ』で、ここでも「動」けない「山や庭」を「夏座敷」へ招き入れやうとしてゐる。
 開け放たれて涼しい風を受入れた「座敷」へ「山や庭」も涼みに來なさいといふところであらうか。
 であるから、曾良が書留めたやうに、

   山も庭に動き入るるや夏座敷

 といふ「庭に」といふ表記は借景を詠んだ句になるのだが、『雪丸げ』にあるやうに「庭も」であるべきだと筆者は考へてゐる。


 續いて、

   こがらしに岩吹きとがる杉間かな 芭蕉

 といふ句でも、

 「こがらし」

 「岩」

 「吹きとがる」

 といふやうに名詞と名詞、それから動詞といふ「取合せ」で、「こがらし」の餘りの烈しさに「岩」が一瞬に「吹きとがる」といふ氷りつくやうな冬の情景を眼前に浮び上らせてしまふのである。
 まさに『取合せ』の妙である。


 最後の句として、

   行く春や鳥啼き魚の目に泪 芭蕉

 この作品は、

 「鳥」

 「啼き」

 「魚」

 「泪」

 といふやうに名詞と動詞、名詞と名詞といふ『取合せ』で、「鳥」が「行く春」を惜しんで「啼き」、泣く事の出來ない「魚(うを)」でさへ「目に」は「泪(なみだ)」を浮べてゐる。
 春は再び年が改まれば來るが、それは今「行」かうとしてゐる「春」と同じものではない。
 だからこそ「行く春」を惜しむのである。
 人生は、まさに『一期一會(いちごいちゑ)』と言へよう。

 以上のやうに『取合せ』には、「名詞と名詞」とか「名詞と形容詞」や「名詞と形容動詞」、あるいは「名詞と動詞」などがあるが、以上述べたやうに『取合せ』の妙こそがその効果を最大限に引出すものであると考へられ、もつと言へば、


 「聲が岩にしみ入つたり」

 「菊の香に奈良の古き佛達が活き活きとして線香の匂ひさへしたり」

 「山や庭が座敷に動き入つたり」

 「岩吹きとがる程の木枯しだつたり」

 「鳥が啼いて魚の目に泪が浮んだり」

 このやうに有得ないものを『取合せ」る處(ところ)にその極意があるのであり、それは連歌の『附合ひ』の極意でもあるのである。


 しかし、芭蕉が弟子に語つたといふこの『取合せ』は、やがて極意の繼承を傳へられずに『取集め』となつて形骸化され、かくて「月竝」となつた俳諧は正岡子規(1867-1902)によつて發句を俳句と變へられてしまふ元兇ともなつてしまつた。
 では『形骸』とは何かといふと、本質を忘れたり見ないといふ事で、再び芥川の言葉を借りれば、

 「我々はただ古い薪(たきぎ)に新しい炎を加えるだけであろう。」

 といふ事になり、長いこと時が經つと火を熾(おこ)した意義を見失ひ、薪を燒(く)べるといふ行爲が續くだけになつて、その本質を見失つてしまふのである。


 それを解消する方法は、火に薪を燒べるだけではなく、消えてしまつても新たに火をつける技術を身につけてゐなければならない。
 さうすれば、たとへ火が消えずに薪を燒べるだけだとしても、その行爲の重要性を見失ふことはないと思はれるからである。
 その戒めを身につける事こそが、名人や達人の域に達した事になるのでなからうか。



     二〇一一年九月二十日午前三時





     續きをどうぞ

二十、俳句と發句の違ひに就いて 『發句雑記』より
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=65360444&comm_id=4637715




     初めからどうぞ

一、發句と「俳句」 『發句雑記』より
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=47630390&comm_id=4637715




コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

俳諧師:近江不忍 更新情報

俳諧師:近江不忍のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング