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2026年10月24日07:04

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「正面の敵」と「背後の圧力」

「後ろで、蠢動している政治勢力より、正面から対峙している軍事上の障害の方が、よほど尊敬できる第三者に見える」
『銀河英雄伝説』のこの感覚に、年を経るほど強くうなずくようになった。

正面から向かってくる敵は恐ろしい。こちらを倒そうとし、場合によっては滅ぼそうとする。だが少なくとも、何を賭け、何を望み、どこで勝負しているのかが見える。危険は前面にあり、敵意もまた可視的である。だからこそ、敵であっても、なお人間としての輪郭を認める余地が残る。

それに比べて、背後から人の覚悟を削り、社会の空気を疲弊させ、制度と心理の隙間に静かに入り込む圧力は、はるかに不気味だ。そこでは、誰が敵なのか、何が攻撃なのか、どこからが偶然でどこまでが意図なのかが見えにくい。傷は確かに生じているのに、刃だけが見えない。

このところ、日本企業や各種組織へのサイバー攻撃、情報漏えい、システム障害の報が続いている。こうした出来事に接すると、私たちはつい個々の被害の大小や、脆弱性の有無、技術的手口の新奇さに目を奪われる。もちろん、それは必要な視点である。だが、もし本当に問うべきことがあるとすれば、それは「何が盗まれたのか」だけではない。「何が揺さぶられようとしているのか」である。

仮に将来、東アジアにおいて深刻な軍事危機が現実化するとすれば、その核心には台湾侵攻の可能性があるだろう。そして、そのような事態を現実の作戦として考える側にとって決定的なのは、米軍が展開するかどうか、とりわけ大きな損害のリスクを米国政府が引き受ける覚悟を見せるかどうかである。
だがそれと同じくらい重要なのは、その作戦を支える日本の基地、補給、後方支援、そして何より、日本政府と日本社会がそれを支える意思を保てるかどうかである。
もちろん、個々の攻撃の背後に一貫した戦略意図が存在すると、公開情報だけで断定することはできない。しかし、それらが無関係な技術的事件であると決めつけ、安全保障上の影響を検討しないことも適切ではないだろう。

そう考えると、相次ぐサイバー攻撃は、単なる技術犯罪や個別事案としてだけでは見えなくなる。そこにあるのは、ネットワークを壊すことそのものよりも、社会の持久力を試し、政治の逡巡を誘い、日常のなかに「関わるな」「刺激するな」「どうせ支えきれない」という諦めを染みこませる作用ではないか。もしそうであるなら、それは目に見える戦争の前段階としての、きわめて静かな圧力である。

ミサイルも艦隊も要らない。企業システムが止まる。情報が漏れる。行政サービスに不安が走る。よく分からないが不穏な報道が積み重なる。そのたびに、社会のどこかで「厄介なことに巻き込まれたくない」「遠い問題のために危険を負う必要はない」という気分が少しずつ強くなる。そこでは破壊そのものよりも、覚悟の摩耗こそが重要になる。

この意味で、サイバー攻撃を、相手の実力と反応と意思を探る試験気球(バロン・デッセ)として捉える視点は、決して荒唐無稽ではない。もちろん、これらの推測はあくまでも推測であり断定はできない。だが同時に、それらをまったく無関係な技術的事件の寄せ集めとして済ませることも、また現実的ではないだろう。

戦争は、開戦の瞬間にだけ始まるのではない。平時と有事の境界を曖昧にしたまま、情報、心理、経済、インフラへの圧力が先行する。そうして「支えるだけ損だ」と感じさせることができれば、実際の軍事行動に要する政治的コストは大きく下がる。相手の艦隊を沈めるより先に、相手の社会から支える意思を奪う。それは、きわめて費用対効果のよい戦略である。

そしてこの種の圧力が不気味なのは、それが正面から名乗って現れないことだ。誰が敵かは曖昧にされ、何が偶発で何が意図かも霞まされる。表向きは平穏な日常が続いているように見える。だがその底で、神経だけが少しずつすり減っていく。敵意を可視化しないまま、こちらの覚悟だけを削っていくやり方である。

だからこそ、ここで問われているのは、単なるサイバー防御の巧拙だけではない。日常的な不安と摩耗のなかで、それでも支えるべきものを支えるという政治的・社会的意思を保てるかどうかである。壊されようとしているのが回線やサーバだけなら、復旧すれば済む。だが、もし本当に狙われているのが社会の覚悟そのものだとすれば、復旧はもっと難しい。

そう考えると、あの『銀英伝』の一節が、ただの名言ではなく、ひどく現代的な感触を帯びて迫ってくる。
正面から対峙する敵は恐ろしい。だが少なくとも、その敵意は見える。
本当に厄介なのは、背後で蠢きながら、人の判断と社会の空気を静かに変えていく力なのかもしれない。

そして気がつけば、こちらもまた、あのヤンやラインハルトの言葉に同意している。
後ろで蠢動する政治勢力より、正面から対峙している軍事上の障害の方が、まだしも尊敬できる、と。


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