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2026年10月15日07:46

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勝鬘経について要約

勝鬘経について
(紀元後3世紀〜4世紀頃 インドの中期大乗仏教の時代に成立)

維摩経(仏からマイトレーヤーへ末世に伝道を委嘱された初期大乗仏教)と同じく在家者が仏教を説いた経典である

阿羅漢(声聞、独覚の二乗)の境地は、
まだ最終の境地ではなく、仏の方便によって作られた途中の境地であると説く

なぜなら
「無明住地という根源的な煩悩」があるとし、
阿羅漢はまだそれを癒すことができないとする説である

これが癒される完全な涅槃(寂静、常住、帰依処、清浄、漏尽)が
仏の境地であり、大乗であるとする
勝鬘経では別名、「究極完全なアートマン」と呼び
、凡夫の本性である「如来蔵」とも呼ぶ。
勝鬘経は如来蔵思想のはじまりの経典の一つであるとされています。
また、凡夫の如来蔵は、煩悩に覆われていても、清浄を記憶している心の状態とも説明されています。
「究極完全なアートマン」は個人存在(プドガラ)的なアートマンの意味ではありません。
また、つかんだ空概念でもありません。また、断見にたいする常見のものでもありません。
と説明されています。

仏である究極完全なアートマンである涅槃は
無為であり
有為(幻)の基盤であるとされています。

また、仏の説いた四聖諦のうち
3番目の苦滅諦が、唯一の真実であり、
のこりの3つの真実1(苦)、2(苦の原因つまり根源的無明としての「無明住地」)、4(苦滅道、修道)は
非実在(無常)であると説きます。
つまり、苦滅諦を最勝義とします。
最勝義である苦滅諦とは、
すべてのあらわれは非実在であり虚妄であるという真実です
苦滅諦は「超越智」ともよばれ、非二元的な認識である不思議であるといわれます(実在としての存在)
また、完全な空(ここでは、空を実在の意味として使う)もいわれます。また、別名「不空の智)ともいいます
また、あらわれはすべて空性(虚妄)であるという智もそなえています

阿羅漢(声聞、縁覚という二乗、客体に関する止観、8段階の禅定)は、一乗(大乗)への方便であるとされています

大乗の教えとして
(般若波羅蜜を筆頭と)する六波羅蜜を説き
最終的に
一乗、一諦という真実(作すべきことも、滅尽も実在ではない)
を説きます

(幻である)根本的な無明である無明住地は
顕在的煩悩や潜在的煩悩よりも
さらに深いレベルにあり
あらゆる瞬間(刹那)性の心にともなう心作用
の基盤といわれています。
阿羅漢は
刹那的な心にともなう、顕在的煩悩
やそれらがあらわれてくる潜在的煩悩までしか浄化できないとされています。
潜在的煩悩というのは
四つの段階の煩悩であり、
一方的偏見
欲界の執着
身体の執着(おそらく色界)
輪廻生存という有愛住地(おそらく無色界)
であり
これら潜在的煩悩までを浄化をしているとされています
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