9月19日〜23日に開催されたなら国際映画祭2026。そのうちの2日間、奈良に通い、長編3本、短編プログラムを3枠見た。
「アン・ルート:にいたるまで」(ユ・ジェイン監督)は、韓国の長編映画。原題は「지우러 가는 길」で、直訳すると「消しに行く道」。ベルリン映画祭「ジェネレーション部門」選出作品の1つとして上映された。 以下、詳しい内容に触れています。
高校生のユンジ(シム・スビン)は途方に暮れていた。密かに交際していた担任のパク先生と連絡が取れない。ユンジが妊娠したことを告げて以来、学校も無断欠勤している。「私が中絶したと言えば、先生は私を許して戻ってきてくれる」と考えたユンジは、ネットで違法な中絶薬を購入した。代金は学生寮のルームメイト、キョンソン(イ・ジウォン)の貯金を盗んで工面した。
キョンソンは、貯金を盗まれたことを知り、激怒する。彼女がオーストラリア移住を夢見て溜めてきた金だ。犯人のユンジを追跡するが、彼女を取り押さえたときには、もうその金は使われたあと。薬のせいで苦しむユンジを産婦人科医に連れて行くと、中絶は失敗しており、妊娠10週目であると告げられる。また、中絶は合法だが、高額の費用がかかることも告げられる。両親のいないユンジにそんな金は工面できない。キョンソンの家庭もシングルマザーで豊かとはいえない。
その後、捜索の末、山で先生の遺体が見つかる。事故死とされ、生徒達も先生の葬儀に出かけるが、そこでキョンフンは「すべての原因は先生なんだから、ツケは払ってもらおう。香典を盗んで私のオーストラリア行きとユンジの中絶費用にしても文句は言えないはず!」と香典泥棒を企て、深夜の葬儀場に忍び込んでまんまと大金を手に入れる。
しかし、ユンジは、先生の妻が子どもを持たなかったことを悔やんでいると聞き、だったら自分は先生の子どもを産もうと翻意し、出産までの間、未婚の母自立支援センターで過ごすことにする。自立支援センターで同室となった年下のソユルと仲よくなるが、ある夜、ソユルの元に恋人がやってきて「お前を捨ててなんかいない。今まで連絡が取れなかったのは兵役に行ってたからなんだ。兵役が終わったら必ず迎えに来るから親子3人で暮らそう」と叫ぶ。捨てられたわけじゃなかったと喜ぶソユル。ユンジはソユルとの断絶を感じ、支援センターを出る。再び、中絶薬を手に入れ、今度は成功し、人工流産した胎児をキョンソンと学生寮の裏山に埋めに行く。
死んだパク先生については、前任校で女生徒にセクハラ行為があったことが暴露され、今の高校でも不祥事があったのではとの噂が流れていた。先生の妻はそのような不名誉な噂を払拭するため、ユンジに「香典を盗んだことを見逃す代わりに、先生の名誉を汚す証言をするな」と迫る。妻は先生の遺産をもとに、奨学基金を作り、優秀な生徒を学費免除とすることとなる。
クラス委員の優等生を含む数名が奨学生に選ばれ、奨学金授与式が行われようとしているとき、そのうちの一人の生徒が草むらで電子タバコを吸っているのが見つかってしまう。その電子タバコはキョンソンが生徒達に自作のフレイバー液を売りさばいていたもので、奨学生たち全員がその顧客だったことを認める。校長は全員の奨学金授与を取消し、授与式に現れた先生の妻は、自らの企てが崩れたことに怒り、式典用に花で飾られた台を蹴散らし、めちゃめちゃにをぶち壊す。このぶち壊しのシーンの迫力が強烈で、そのあとどういうラストだったか思い出せない。
女子高校生と教員の性関係と妊娠といった重いテーマを扱いつつ、早々にして先生は死んでしまい、教師による性暴力の追及は後景に退く。ユンジとキョンソンはいずれも親の権威的圧力とは無縁の家庭環境にあり、自力で問題解決を迫られる。いかに苦境を切り抜けるかを主軸にドタバタ喜劇の要素が盛り込まれるという異色の脚本だ。
その喜劇的な場面を一人で引っぱるのがキョンソンだ。電子タバコ用のフレーバー液を小瓶に入れて登校中の生徒に売りさばく商才。貯金を盗まれたと知ったとたん、陸上選手並みのスピードと俊敏さでウンジを追う。そして、ウンジから金を取り戻せないなら、保護者からもらおうと、ユンジの保護者として名簿に記載されている住所に乗り込み、ユンジの祖父らしい一人暮らしのおじいさんとラーメンを啜るが、金は取りはぐれる。
ユンジに「あんたのハラボジのとこにも行ったんだよ」というと、「ん?私にハラボジはいないよ。もう亡くなったし」「じゃ、私とラーメン食べたお爺さんは誰?」「知らないよ。ハラボジの後に引っ越してきた人でしょ」。とにかく、キョンソンが出てくると笑いが止まらない。
ユンジは妊娠が発覚してすぐに中絶を考えたわけではない。最初は、先生が失踪したことに動揺し、中絶すれば元の関係に戻れると思ったのだ。一度、失敗した後、キョンソンに「獣医に頼めば費用が安い」と怪しい獣医を紹介されるが、いざ、その病院の前に来ると、逃げ出してしまう。「生まなかったことを後悔している」という先生の妻の話を聞いて生もうと翻意したり。行きつ戻りつ、思いは揺れ動く。
キョンソンの母は、娘のキョンソンと姉妹に見間違われそうなくらい若い。ひょっとしたら彼女もまた10代で妊娠して未婚で産んだか、早くに離婚したのだろう。シングルマザーとして一人娘を育てているが、何となく頼りない。それがキョンソンをしっかり者とし、早い自立を促しているようにも見える。キョンソンが「生んだことを後悔している?」と聞くと、母親は「まさか。自分の人生でいちばんうれしかったこと」と答える。
生むこと、生まないこと、それぞれの生き方と選択があることを示している。
この映画の中では、「違法な中絶薬がネットで手に入る」とか「獣医も人間の中絶手術ができる」いった怪しげな情報も見せている反面、ちゃんとした医師が「今では中絶は合法なのよ」と正しい知識を与えたり、「未婚の母自立生活センター」のような場があることを紹介している点では教育的配慮がされているともいえそうだ。
この映画、もしも「なら国際映画祭」に選出されていなければ、大阪韓国映画祭や大阪アジアンに来てもおかしくなかったかなと思った。
2026年9月21日 ならまちセンター大ホール。
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