mixiユーザー(id:68785028)

2026年10月02日00:45

82 view

賽銭泥棒と野菜無人販売所泥棒

賽銭泥棒の記事を読んだ。
寺社にとって、賽銭は経営の根幹ではないのかもしれない。おそらく祈祷や祭祀の礼額のほうが、桁違いに大きいのではないかと思う。

だが、賽銭箱は単なる集金箱ではない。
神頼み、仏頼みで、藁にもすがりたい人に、希望や縋る先を――たとえ幻想であっても――差し出すために、一日中そこに開かれている。

だから私には、賽銭泥棒は単なる窃盗以上のものに見える。
それは、そうした善意や信頼をうまく利用し、踏みにじる行為だからだ。

これは、野菜の無人販売所から野菜や代金を盗むのと、同型の行為だろう。
他人の善意と良心を信じて営まれている仕組みを利用し、その前提そのものを壊してしまう。
賽銭泥棒もまた、そういう種類の破壊なのだと思う。

貧しい者ほど誠実で、救ってくれる者への感謝を忘れない――それが常に真実だとは限らない。
だが、そうであってほしいという願いの結晶のような作品が、山本周五郎『裏の木戸は開いている』なのだろうと思う。


7 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年10月
日 月 火 水 木 金 土
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031