エネルギーを「仕事をする能力」と、これまで何度も生徒には教えてきた。
だから、高い場所にある石が転がり落ちるにつれて、高さに関係するエネルギーは減っていく、と説明できる。
けれど、人の能力はそれとは少し違う。
使えば使うほど磨かれ、使う効率も上がる。
だから、減るどころか、むしろ増えていくように見える。
たとえば耳コピの能力。
私はこの力がほとんどない。
けれど、吹きたい曲なのに楽譜がどこにもないなら、いつかは耳コピしなければならないだろうと覚悟している。
私のSAXの先生は、発表会のために、毎年十曲ほど、教えているソロやグループの技量に合わせて編曲している。
全部の曲に最初から楽譜があるとも思えないので、その中には耳コピも含まれているのだろう。
しかも、実に楽しそうに、少しヒーコラ言いながらそれをやっているように見える。
ああいうふうに使われる能力は、きっとまた次の能力を育てるのだと思う。
書く能力も同じだ。
私はほぼ毎日、MIXI日記に書き込んでいるが、これもやはり、使えば使うほど増えると感じる。
最初は「22日連続日記キャンペーン」に乗せられた形だった。
けれど最近では、日記用のストックが切れないよう、書きためることさえある。
nifty serve や 2ちゃんねるでは、私はほとんどずっとROM、つまり書き込まず読むだけの人だった。
だから、ここMIXIでも、毎日日記やつぶやきをしている人、あるいは週に何回か書いている人の背後には、その何倍ものROMの人がいるだろうことはよく分かる。
私も身バレしないよう、この場には個人情報を極力書かないようにしている。
それでも、どんな考えの人間かは、かなり晒しているはずだ。
日記群をAIに見せてプロファイリングされたら、自分がどんな人間か、あらためて思い知らされるかもしれない。
それはともかく、人の能力は、使って減っていくものではなく、使うことで磨かれ、大きくなっていくもののように見える。
この点では、物理でいうエネルギーとは逆だ。
年を取って人から失われやすいのは、能力そのものより、むしろ意欲や精力のほうではないか。
認知症になる前の多くの人については、この推論はかなり当たっている気がする。
使おう、自分の得意な領域の、それを。
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