私は、SFが大好きである。その方向性に大きな示唆を与えてくれた本が、筒井康隆『SF教室』である。
中学校の図書館にあったこの本を何度読み返したことか(複数回、貸し出ししてもらった)。
そして、中学2年生辺りから、早川書房『SFマガジン』の購入を始めた。
筒井氏は、私にSFの読み方を教えてくれた師匠ともいえる。
一九九三年九月、筒井康隆氏は「断筆宣言」を行った。
発端となったのは、短編小説『無人警察』が角川書店の高校国語教科書に採用されたことをめぐり、日本てんかん協会から抗議がなされた一件である。
私はその少し後、国語の教員に頼んで、問題になった角川の『現代国語』の教科書の余部を譲ってもらった。
私の理解では、この事件は単純に「作品が差別的だったから」というだけではない。
『無人警察』は未来社会を舞台にした作品だが、その中の「てんかん」をめぐる記述には、作品が書かれた一九六〇年代当時の認識が反映されている。
それが一九九〇年代に教科書で読まれる段になって、医療や社会的理解の変化と齟齬をきたし、批判の対象になった。
ただし、作品の主題そのものは、未来の警察国家へのシニカルな風刺であって、「てんかん」の記述は中心主題ではない。
しかも教科書採用や、その後の掲載をめぐる処理は、必ずしも作者が全面的に主導できるものではなかった。
だからこそ私は、まず必要だったのは、作品を削ることよりも、授業の現場での補足だったのではないかと思う。
たとえば国語教師が、この箇所には執筆当時の認識が反映されており、現在の医学的理解とは異なる部分がある、と一言添える。
あるいは脚注で説明する。
その程度の工夫で、かなり違った受け止め方が可能だったのではないか。
未来SF、とりわけ進歩の速い生命科学に関わる記述について、執筆時点の予測が、何十年後に読まれる時点でも完全に整合していなければならない、というのは、やはり作家に酷な要求に思える。
その意味でこの事件は、作品の一部表現をめぐる問題であると同時に、表現と時代差、そして出版社や教育現場の対応の問題でもあったのだろう。
その後、筒井氏は新潮社、文藝春秋、角川書店などと、
「著者の意に反した用語改変は行わない」
「抗議への対処は著者と協議し、その意思を十分尊重する」
といった内容の覚書を交わし、断筆を解除した。
解除は一九九六年十二月で、約三年三カ月の空白だった。
けれど、読者の側から見れば、この三年三カ月はやはり惜しい。
もしこの空白がなかったなら、そのあいだにどれだけの作品が書かれていたかと思わずにはいられない。
そしてそれは、読者にとってだけでなく、作家本人にとってもまた、悔しさの残る空白だったのではないかと思う。
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