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2026年08月11日05:52

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高一の現国の先生のこと

高校一年生のときの現代国語の教員は、「鬼の○○」と呼ばれていた。
といっても、授業中に怒鳴るとか威圧的だとか、そういう意味で怖かったわけではない。
何しろ定期テストが、欠点が39点以下であったが、講座の平均35点前後で、まず40点を超えない。
しかも追試も ver1、ver2 ……と続いていたから、生徒にとってはたしかに「鬼」だったのだろう。

けれど、授業そのものはとても面白かった。
班ごとに作家や作品を決めて、生徒がチューター役になってプレゼンテーションをする。
武蔵野・国木田独歩、鴎外、漱石……といった題材が並んでいた。
自分の班は北杜夫『どくとるマンボウ』をやる予定だったのだが、前の班の発表が後ろ後ろに伸びてしまい、結局こちらは発表できなかった。

その代わり、班員でリレー小説を一本書いた。
もともとは恋愛小説だったのに、私の受け持ちのところでスパイ小説に変えてしまったのは、今思い出しても少しおかしい。

週に一度は個人読書発表もあった。
私は小松左京の、芥川のパロディである『蜘蛛の糸』を紹介した。
生徒による班発表の内容:作家紹介や作品解釈、個人の読書発表までもが、ちゃんとテストのメイン問題に組み込まれていた。
今になって思うと、あの先生は複数クラスを持っていたはずで、それでいてよくあそこまで丁寧に授業を準備していたものだと感心する。

平均点だけ見れば厳しい先生だった。
けれど「鬼の○○」は、生徒からの人気というか、評価はかなり高かった。
今で言う、アクティヴ・ラーニングを何十年も前に先取りしていたのだから。
成績を甘くつける教員が人気になるわけではない、ということを、あの頃すでに実感していたのかもしれない。

本人の専門は中国文学だったと聞いている。
そして噂では、何年かして阪大の教員に引き抜かれたという話もあった。
さもありなん、という気がする。
私が中島敦や高橋和巳の作品を好きなのも、もしかするとあの現国の授業と無関係ではないのかもしれない。


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