夏休みのバイト中、昼休みは四十分ほどしかなかった。
しかも、たまたま家の隣がバイト先だったので、昼になると自宅に戻って食事をかきこみ、その残りの時間をほとんど全部『指輪物語』に注ぎこんでいた。
J・R・R・トールキン『指輪物語』、評論社文庫の『旅の仲間』から『王の帰還』まで。
若いころ、こんなに面白い小説がこの世にあるのかと驚いた。
そして年を取った今でも、この面白さを超える小説はそう多くないと思っている。
ちょうどそのころ、ラルフ・バクシ版の映画『指輪物語』も公開された。
ロトスコープ技法で描かれたナズグルがひどく気味悪く、全体の絵の印象は、どこか古いアニメ『冒険少年JQ』を思わせた。
映画として面白い部分はかなりあったのだが、続編が作られるほどの成功には至らず、結局「旅の仲間」にあたる部分だけで終わってしまった。
それもまた、学生時代の記憶として残っている。
それからほぼ二十年後、今度はピーター・ジャクソン版『ロード・オブ・ザ・リング』三部作が公開された。
こちらは近くのシネコンで、家族四人そろって見た。
何年かおきに公開されるたびに、全作を追いかけた。
いまはディレクターズ・カット版のDVDを持っていて、いつでも見返せるのだが、やはりリアルタイムで劇場で見たときの印象がいちばん大きい。
フロドとサムの不屈の勇気と友情。
ガンダルフ、アラゴルン、レゴラスの格好よさ。
娘たちはオーランド・ブルームがいちばんだと言っていた。
そういう楽しみももちろんあった。
だが、私にとって感動の壺は、やはり三部作最後の『王の帰還』にある。
たぶらかされ、半ば惚けかけていたセオデン王が覚醒し、ゴンドールの危機に際してローハンの騎士たちを率い、自軍をはるかに上回る敵の中へ突撃していく場面。
そして、戦士として満ち足りたように死んでいくその姿。
さらに、圧倒的な戦力差の中で、冥王サウロンの眼をこちらに引きつけるための陽動として黒門へ向かい、「フロドのために」と叫んで先頭に立って突撃するアラゴルン。
あのあたりになると、水野晴郎ふうに「映画って本当に……」と言いたくなる。
それほどの高揚があった。
原作の余韻もまた忘れがたい。
エレスサール王となったアラゴルンが世を去ったあと、不死の民であるエルフの運命を捨て、人間としてアラゴルンと生きる道を選んだアルウェンも、その後を追うように亡くなる。
あのもの悲しい終わり方まで含めて、『指輪物語』は圧倒的だった。
小説としても、映画としても、これはもう単なる「好きな作品」ではない。
たぶん、私の人格の一部になっている。
若いころにむさぼるように読んだ物語が、何十年たってもなお、自分の中で力を失わない。
そういう作品には、そうそう出会えるものではない。
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