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2026年05月30日06:50

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選択的夫婦別姓反対論を聞いていて、どうしてもフェアに思えない点

選択的夫婦別姓制度に反対する論客の言い分を見ていると、どうしても「それは本当にフェアな理屈なのか?」と感じることがある。

よくある反対理由として、 「子どもにとって両親の姓が違うのは不自然だ」 「子どもが父母のどちらかと姓が違うのはかわいそうだ」 「兄弟で姓が違う可能性があるのは家族の一体感を損なう」 といった話がある。

でも、もし本当に問題がそこにあるのなら、別の制度設計もありうるはずだと思う。

たとえば、結婚の際に夫婦同姓は維持する。ただし、夫の姓にするか妻の姓にするかは、男女の話し合いに委ねるのではなく、完全にランダムに決める。サイコロでも、宇宙線カウントでも、その偶数・奇数で決め、とにかく制度として五分五分になるように決める。

そうすれば、
・夫婦は同じ姓になる ・子どもも親と同じ姓になれる ・「家族の姓がバラバラになる」という批判は避けられる ・しかも男女どちらも制度上は優遇されない

つまり、反対論でよく言われる「子どものため」「家族の一体感のため」という建前は、かなりの部分まで満たせる。

それでもなお、こういう案に強く反対するのだとしたら、結局守りたいのは「家族の姓が一つであること」そのものではなく、実質的には「男性側の姓に寄ること」なのではないか、という疑問が出てくる。

もちろん、ランダムに姓を決める制度がそのまま現実的だと言いたいわけではない。これはむしろ思考実験に近い。

ただ、この思考実験で見えてくるのは、反対論の中には、表向きには「子どものため」「家族のため」と言いながら、実際には男系優先的な秩序を温存したいという本音がかなり混じっているのではないか、ということだ。

私が選択的夫婦別姓反対論に対して感じる「変だ」「フェアじゃない」という違和感は、たぶんそこにある。

追記的に言えば、これは別に「伝統を重んじるな」という話ではない。伝統を重んじるなら重んじるで、そう言えばいいと思う。 でも、「子どものため」「家族の一体感のため」という、一見中立で公共的に見える理屈を前に出しながら、実際にはかなり偏った秩序を守ろうとしているように見えるとき、その議論はやはりフェアには見えない。
制度の議論では、何を守りたいのかを正直に言うことが、結局いちばん公正なのだと思う。
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