mixiユーザー(id:68644421)

2026年05月20日07:42

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試みの終焉

本日の湧いた仮説



神はただ在り、またワクワクもあった

神は試みた(ワクワクのために)

つまり空想活動である

全体ではない個というものがあったとしたならば、と

そして
その個が空想されたものではなく
自由意志があったとしたら
とさらに試みた(主体化催眠)
これが
源からはなれていない空想された個

に

解離自律催眠をもたらす

その空想努力された個はもはや好奇心を現実とし、
また、努力を
現実(基盤)としたために安らげず苦しんだ

神は待っていた
その個(大自我)が宇宙を誤創造(投影)
したものを味わい
苦しみであることを認めるまで
このため神は狂気のある宇宙を放置していたのである
神の子が心底、努力である宇宙は苦しみであることに気づくまで

神の子がおもいしったとき

夢中になっている者は放置しておき

五感や心は無常であることを伝える存在に気づいた

夢中になってはいたが正気をとりもどしつつある者は
五感は無常であると気づいた

思考や理論に夢中になっていた者も
構築されたものは崩さる
ことに気づいた

やがて
すべては
大自我というただ一つの原因があっただけであると
伝えられた

すべての苦しみ、好奇現象は
違うカタチにみえても

同じ大自我の感覚(我有り)

を意味していただけなのだと

自我性は
自分が作った宇宙の何か、身体やモノ
に依存してきた

やがて

自我性がそういった苦しみから解脱したくなると
忘れてしまっていた神を客体的に想定して頼りたくなった

信仰、サレンダーである
(神という概念は、まず客体におこうとする
しかし、
やがて主体以前に内におこうともする
 いずれもまだ概念である
つまり
自力を疑い
客体としての神にサレンダーしてみる
次に主体以前にあると想定して、静かになろうと努力してみる
いずれも
主体とまだ概念的努力の状態である)

ほんとうは
主体はないため(自力は実在ではなく)
次に生じる観念
客体に依存することも
さらに
主体以前を想定する
ことも
実在ではない

実在は

無条件 無努力 ただ在る

だからである

このようにして試みは終焉する

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