その前から、可能ではあった。
生徒一人ひとりが大きなディスプレイを持つ通信端末を持ち、学校からの連絡や授業そのものも、その端末から受け取る。そういう形は、技術的にはすでに可能だった。
ただし当時は、まだ夢物語に近かった。
大学生は一人一台PCを持たされているらしい、という話もあり、変化の兆しは見えていたが、学校現場への本格的な実装はまだまだ先だと思われていた。
ところが、コロナ禍で数か月の臨時休校が起きたあと、これが一気に加速する。
一人一台、タブレットやPCを自治体が生徒に「貸し出す」形で、全員に同じ操作系の通信端末を持たせるようになった。
同時に通信状況の調査も行われ、家庭にWi-Fi環境があるかどうかが確認された。
これは実質的には、「子どものいる家庭はWi-Fi環境を整えてほしい」という強いメッセージでもあった。
それが難しい家庭には、Wi-Fi機器の貸し出しも行われた。
臨時休校があった年の、年度替わりの頃だったと思う。
こうした通信端末が、小・中・高の生徒に配布された。
私は少し前まで高校教員だったので、当時のめまぐるしい変化には本当に振り回された。
目が回る、というより、目眩がするほどだった。
いちばんきつかったのは、教室にいる95%の生徒に向けた通常授業と、登校できない残り5%の生徒――たとえばコロナ後遺症などで体調のすぐれない生徒――に向けたオンライン授業とを、同時に求められたことだった。
具体的には、教卓に教員用タブレットを置き、欠席している生徒の端末に黒板やホワイトボードを映し、こちらの声もそこから聞こえるようにする。
しかし教員用タブレットのカメラは画角が狭く、黒板全体をうまく映しきれない。
しかも、目の前のリアル授業に集中していると、オンライン側の見え方にまで十分気を配るのは難しい。
コロナ禍以前にも、たとえば定期考査の範囲などは、生徒が板書をノートに写さず、写メで撮って済ませることがあった。
だが一人一台端末の時代になると、それすら変わった。
試験範囲は端末用の共有ファイルにアップロードするだけでよくなり、生徒のレポートも個別にアップされたものを教員が端末で確認できるようになった。
そこまで来ると、いっそテストも端末でできるのではないか、と思った。
私の担当は理科だったので、紙では難しいフルカラーの問題も作れそうだ、と。
ところが現実には、テスト中はタブレットをロッカーにしまわせる運用だった。
端末で問題を配信できるということは、同時にインターネットで答えを探すこともできてしまう。
そこはまだ越えられていなかった。
修学旅行のしおりも、電子化・PDF化され、生徒は自分の携帯端末から見られるようになった。
私の学年が、紙の「しおり」を使った最後の学年だった。
保護者からの欠席連絡も端末経由になった。
出席簿もなくなり、授業後に端末へ入力する形になった。
そういう点でも、学校は昔とはずいぶん様変わりした。
変化は確かに必要だったが、現場はいつも綱渡りの実験台でもあった。
あのあと学校はエヴァンゲリオンのシンジ君の教室のようにどこか現実感の薄い空間になった気がする(学校は変形しないけどね)。
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