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2026年04月12日11:06

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音楽界の巨人の二つのケース{存在しなかった、忘れられた}

映画「イエスタデイ」なかなかの佳作で私好みの映画でした。ここまでならネタバレにならないだろうと思う所まで紹介し、そこからの連想を記します。
この世界にはビートルズというポピュラー音楽史上のスーパースターの{ A存在がそもそもなかった ・ B存在したが記録(楽譜・音源など)と記憶が失われた}の両方の可能性がある。ビートルズの構成メンバーはいたが、グループが結成されなかったはケースAになる。
Bは、音源や記憶を全部消し去る超越的ナニモノか、が必要。けど、映画ではイーグルスなどの音楽(明らかにビートルズ以降なので、その影響をうけている)はそのままなので??? A・Bどちらの解釈も観客にお任せという事でしょう。

この音楽史上の巨人を、ウォルフガング・A・モーツァルト(レオポルドの方ではなく)の不在の世界で考えると、A・Bの場合の隔たりがもっと大きくハッキリするだろう、などと考えます。
つまりケースBはモーツァルトの楽曲はちゃんとあって、当時の作曲家(ベートーヴェンやシューベルトなど)はその影響などを受けていたが、現代の我々の記憶や楽譜などは失われてしまった。この場合、後生の音楽に巨大な影響を与えた天才音楽家Xの謎が取り沙汰される筈。

ケースAは、モーツァルトがそもそも生まれなかったマルチバースというべき。
ケースAでは、天才としてモーツァルト以上に息子を売り込みたかったベートーヴェンの父親のプレッシャーなどなくて、彼の音楽がもっと穏やか(それこそモーツァルトのような彩やかさをもつが、苛烈さが逆に薄まるような)になる、そして第五(運命)や第九のような曲が誕生していない可能性などがある。その後の西洋音楽の歴史がガラッと変わる
このマルチバースでも、文化圏的に影響がほぼない宮城道雄「春の海」などはそのままかも知れない。
映画の世界にもどすと映画「アマデウス」がそもそも企画すらされなかった世界になるだろう。

結局のところ、「存在しなかった」のか「忘れられた」のかで、世界のあり方はまったく違って見えるのだろう。


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