■「“障害は個性”と言われると違和感」外見に症状を持つ女性が語る“当事者の本音”と支えになった“母の一言”(週刊女性PRIME - 04月20日 17:40)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=235&from=diary&id=8284402
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私見では障害に対する考え方は私自身の「ダメージ分類の9類型」に沿う形になる。
レベル1 一撃 致命的打撃
レベル2 大ダメージ 回復が追い付かない 機能が大きく減る
レベル3 小ダメージ 回復が追い付く
レベル4 ディレイ 衝撃
レベル5 装甲による無効化 命中はしたが装甲で弾く
レベル6 回避 そもそも命中させない
レベル7 射程外 攻撃可能範囲外にいる
レベル8 認識外 敵対者に発見されていない 知覚されていない
レベル9 対象外 そもそも敵対してない
障害はあるかないかでいえば「ないほうがいい」「ないにこしたことはない」ので避ける努力ができる間はその努力をすればいい。一方で「いざ発生してしまったら」それは事実として受けとめつつ「じゃあどうするか?」という対応に瞬時に切り変えるという2段階がある。
9類型でいえば6789になるよう努力はするんだが、実際に2あたりが発生した感じだ。そうなると考えるべきはその大ダメージを負った状態でどう対応をしていくかであって、「ああ回避のためにこうすればよかった」という反省など大して役に立たない。
この切り替えが瞬時にできることも私のストレス耐性の高さに直結していると思っている。世間一般ではこの切り替えがなかなかできず、その結果としてダメージを負い続けているように見える。
ボクシングの井上尚弥チャンプがカルデナスにダウンを奪われた時に瞬時に切り替えて絶賛されていたが、まさにあれが「瞬時の切り替え」だ。
よく事故や不祥事の後の謝罪会見で「あってはならないこと」という表現があるが、マサにコレだ。謝罪会見に表す信条としては別に間違えではないが。
現実的な対応策としては「あってはならないことだった」と過去に拘泥するのではなく「じゃあどうするか」と現実と未来にフォーカスしなければならない。
記事中の障害をお持ちの方々は当事者としてすでにこの切り替えを終えているのに、他人が「障害も個性だ」とかいう表現をするのは「いや、そこじゃないんだよなぁ」という感じ方になってるんじゃなかろうかね?
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