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2025年08月07日07:12

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現代仏教の解釈の不完全さ

現代仏教の解釈の不完全さ


現代において仏教は小さな我(?アートマン)を否定してるが
大自我をしらないから
諸法が涅槃へと癒される流れを説明することができない
現代の仏教解釈では
小さな我を信じていることは無明である
その無明は、精神や物質は五蘊にすぎない
ということについての無知からきている
とする

しかし、
ということは
五蘊とわかっても(無明がなくなっても)

その五蘊が
なにゆえ起きているのかを説明できない

現代の12因縁の解釈では
その原因は無明であるとされているが、その説明は
じつは堂々めぐりの12因縁解釈
(閉鎖性)
にすぎないのである

したがって
諸法が起きているようにみえるのは
五蘊に無知(無明)であるためではなく
そもそも、五蘊(諸法)自体が起きているようにみせている
べつの原因があることになる

明智(涅槃)が諸法を生んだようにしているのではないというのならば
明智と現象(諸法)のあいだに
何かが介在した段階があるに違いないという説明が必要である

それこそが
大自我(最初の幻想エネルギー)であり
そこから
諸法や個々という幻想の現象がおきている
ということであろう

不完全な12因縁の解釈(閉鎖性説明)
や
流行のノンデュアリティが説いている(小さな)私はいないのに、現象はおきているようにみえる
の説明だけでは
堂々めぐりのスピリチュアルになる可能性を指摘しておくことにしたいのである

この意味で
龍樹の説く
12因縁は順番がなく相互依存である
という説も間違いであることなる
(華厳経の一即一切も、大自我を基盤とする教化にすぎないことになる)

むしろ
相互依存については
投影世界のためのシナリオは同時(時間の外によって大自我によって)
に作られた
ということについての発想にちかいかもしれない


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