これは、アメリカの原爆開発――“マンハッタン計画”による生まれた町の歴史と現在に迫るドキュメンタリー。
監督はイギリス人女性映像作家アイリーン・ルスティック。
ワシントン州南部の町、リッチランド。ここは1942年、マンハッタン計画における核燃料生産拠点で働く人々とその家族が生活するために作られた。
長崎原爆“ファットマン”のプルトニウムは、町の核施設ハンフォード・サイトで精製された。終戦後も核兵器の原料生産を担い、稼働終了した現在も、核廃棄物を埋めたハンフォードの原野は、残留放射線により立ち入り禁止の国立歴史公園に指定されている。
そんな町の高校の校章は“キノコ雲”で、高校フットボールチームは「ボマーズ(爆撃機)」だ。“キノコ雲”は戦争を終結させた、わが町の成果を示すもの、ち誇りを口にする人々。一方で、核廃棄物による放射能汚染への不安を抱え、先祖の土地を返して欲しいと言う先住民も暮らしている。
そんなリッチランドを、被爆三世であるアーティスト・川野ゆきよが訪れ、町の人々との対話を試みる――
これは、日本ではあまり知られていない、アメリカの核開発の一面を描くもの。
リッチランドで生産されたプルトニウムは約7トンで、その代わりに町は莫大な核廃棄物と、未だに人の立ち入れない荒野と、多くの被爆者を生み出した――そんな町のシンボルは“キノコ雲”で、これはアメリカ人の核兵器に対する能天気さを示す事例として紹介される事も多いが、それにまつわる様々な感情も映画は掬い上げていく。
印象的だったのは、町の高校に通う学生らの対話で、第二次大戦も、冷戦も遠い過去となった若者らにとって“キノコ雲”と原爆は、決して手放しで肯定出来ない、と言うのが示される――その場で、学生らはアメリカ人らしく結構はっきりものを言うのだが、その中で、日系人学生が「(日系人には)居心地が悪いかな」と言葉を濁す辺りも、やはりな、と思わされた。
映画はそんな、町の人々の会話を中心に描かれ、大きな感情のうねりもインパクトのある映像もあまりない、淡々とした作りで、体調のせいもあって、途中寝落ちしてしまい、映画の最大の見せ場であろう、アーティスト・川野ゆきよと町の人々との対話を丸ごと見逃してしまった。
その意味では、本作について、しっかり受け止める事が出来なかったのが残念だった。
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