mixiユーザー(id:1609438)

2024年03月29日08:17

6 view

春闘「満額回答連発」の落とし穴、生産性上昇を超える賃上げは賃金・物価の“悪循環”に


野口悠紀雄:一橋大学名誉教授
政策・マーケット
野口悠紀雄 新しい経済成長の経路を探る
2024.3.28 7:00 会員限定
春闘「満額回答連発」の落とし穴、生産性上昇を超える賃上げは賃金・物価の“悪循環”に
Photo:PIXTA
春闘第1回集計回答、5.28%
昨年上回る高率回答の「落とし穴」
 春闘で高額回答が相次いだ。日本製鉄は定昇込みで前年比14.2%という極めて高い回答だった。電機大手や自動車大手でも満額回答が相次いだ。連合が3月15日に発表した第1回回答集計では平均賃上げ率は5.28%になった。

 要求平均の5.85%(3月4日時点の連合集計)までには届かないにしても、賃上げ率は昨年の3.6%を大きく上回る。

 全産業の賃上げ率見込みは、1月時点の民間予測平均で3.85%だったが、見通しの上方修正が相次いでいる。5%台になるとの見方もある。

 こうした高率の賃上げと値上げによって賃金と物価の好循環が始まり、日本経済がこれまでの停滞状態から脱却するという見方が一般的だ。


 日本銀行も賃金と物価の好循環で安定的・持続的な2%物価目標の実現が見通せる状況になったとして、17年ぶり利上げなどで金融政策の正常化に踏み出した。

 しかし、いま生じている賃金上昇を手放しで喜ぶわけにはいかない。そこには大きな「落とし穴」がある。

それは、賃金上昇と生産性上昇との関係だ。

 本来、賃上げは労働生産性の上昇によって実現するものだ。これは資本蓄積や技術進歩によって実現する。

 OECDのデータベースにある「労働時間当たり実質GDP(自国通貨建て)」は、労働生産性を表すと解釈できる。2020年から22年の年成長率の平均値を見ると、日本の場合0.5%程度となっている。

 そこで、0.5%が、実質賃金のあるべき上昇率だとすれば、物価上昇率2%を前提として、ベア上昇率2.5%を定常的に維持できるとの見方が可能だ。定昇分は2%程度なので、春闘ベースで言えば4.5%の賃上げができることになる。

 この見方からすれば、5%を超える賃上げは過剰だ。もっとも、これについては、「実際には物価上昇が賃上げを上回り実質賃金が低下している。これは、生産された付加価値のうち不当に大きな部分が企業利益に回された結果だ。それをいま賃金が取り戻している」という解釈はあり得る。

賃上げが販売価格に転嫁されるのは問題
企業間の力関係で上げ幅左右される
 こう考えてもなお残る問題は、賃金上昇が販売価格に転嫁されることだ。それは、取引の各段階で次々に販売価格を引き上げ、最終的には消費者物価を引き上げる。

 ここには二つの問題がある。第1に、転嫁は企業間の力関係によって大きく左右されることだ。

 大企業が中小零細企業に対して販売価格を引き上げるのは容易だが、中小零細企業が大企業に対して販売価格の引き上げを要求するのは難しい。製造業の場合、大企業の下請けが中小零細企業であるのは、ごく一般的だ。こうした場合に、中小零細企業が賃上げ分を大企業への販売価格に転嫁するのは、極めて難しい。

 したがって、中小零細企業における賃上げ率は大企業に比べて低い水準になる可能性が高い。この問題は従来からあったが、春闘の賃上げ率が高くなった現状では、さらに大きな問題として浮かび上がる。

 こうした格差拡大を避けるために、下請けも含めた企業グループが一体として賃上げ率を設定している場合もある。しかし、あらゆる中小零細企業がこうしたネットワークによって救われるとは限らない。

 その典型が介護だ。この分野は以前から低賃金で、人手不足に悩まされている。

 2024年には介護報酬が引き上げられるが、改定率は1.59%にすぎない。他業種との差は、いままでより拡大する。それどころではない。

 訪問介護や定期巡回・随時対応訪問介護看護、夜間対応型訪問介護の3サービスの基本報酬は引き下げられる。訪問介護の引き下げ率は2%強だ。介護での人手不足が一層深刻化することは目に見えている。このままでは、日本の介護保険制度は破綻してしまうのではないだろうか?

次のページ
物価転嫁で「賃金・物価の悪循環」が起きる危険

消費者物価に転嫁されて
「賃金・物価の悪循環」が起きる危険
 賃上げが販売価格に転嫁されることの第2の問題は、仮に賃金引き上げの販売価格への転嫁が円滑に行われるとすれば、賃上げが、結局は消費者の負担になることだ。

 それによって実質賃金が下落するため、生活水準を保つために、さらに賃上げが必要になる。こうして、賃金の上昇と物価の上昇の「悪循環」が生じる。

 これは極めて恐ろしい病だ。1970年代初期の第一次オイルショックの際、多くの国がこのような状態に陥った。特に顕著だったのがイギリスだ。労働組合の力が強く、石油価格上昇によって引き起こされた物価上昇が、賃金の上昇を加速して悪循環を引き起こし、イギリス経済は破綻の瀬戸際まで追い込まれた。

 この時、日本は賃上げを抑制することに成功した。それは、労働組合が企業別になっているため、「無理な賃上げを要請すれば、企業の経営が立ちゆかなくなり、労働者も企業とともに沈没してしまう」という考えに、労働組合が賛同したからだ。日本がオイルショックへの対応で世界の優等生になったのは、このためだ。

生産性に見合った賃上げでないと
スタグフレーションが悪化する
 ところが、現在の日本では、賃上げが販売価格に転嫁されることが「デフレからの脱却」であるとして、望ましいと考えられている。

 政府も、価格転嫁が望ましいとし、それを進めるべきだとしている。まるで逆なことが望ましいとされているのだ。

次のページ
長期金利上昇で円高になり消費者物価上昇抑える必要

 物価が上昇しない経済では、さまざまな関係が固定化されてしまって、調整がうまくいかない。しかし、物価が全体として上昇していく中では、そうした調整が容易になるから望ましいとの考えだ。

 しかし実際には、上で述べたように賃金上昇が物価を引き上げ、それがさらに賃金を引き上げるという悪循環に陥る可能性がある。他方で生産性は上昇しないので、経済が成長しない。

 日本経済は、実質GDP成長率がほぼゼロ、ないしはマイナスに近い状況になっている。そして物価が上昇しているのだから、これは文字通りのスタグフレーションだ。その状態がさらに悪化する危険がある。

「賃金を引き上げたのだから、リスキリングをして生産性を上げてほしい」などという発言をする経営者がいるが、順序をまるで逆に捉えており、誠に心もとない。繰り返すが、本来、賃上げは、生産性の向上によって実現すべきものだ。

 だから、「リスキリングで能力を高め、それによって生産性が上がれば、それに見合った賃上げをする」と考えなければならない。

長期金利上昇で円高に導き
輸入価格下落で消費者物価上昇を抑える必要
 ただし、実際には、転嫁するなといっても、止めることはできない。その結果、物価はさらに上昇し実質賃金が下落、消費が抑制されて、経済成長率が低下するだろう。

 こうしたプロセスを抑えるためには、長期金利が上昇して円高が進み、輸入物価が下落し、消費者物価上昇を打ち消すというプロセスが必要だ。

 円高によって企業の利益も縮小するので、結局のところ、望ましいバランスが実現されることになる。この観点からも、金融政策の正常化を早急に進めることが重要だ。

 日銀はイールドカーブ・コントロール(長短金利操作)撤廃で長期金利の上限などをなくしたが、月6兆円の国債買い取り枠は維持し指値オペなどによる長期金利のコントロールの余地は残している。

 政策金利のマイナス金利解除だけでなく、長期金利を市場の実勢に委ねることが必要だ。

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)


0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年03月>
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31