題名:芸術と科学のあいだ
著者:福岡 伸一(ふくおか・しんいち)
出版:木楽舎
価格:1500円+税(2015年11月 第1刷)
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生物学者:福岡伸一さんのエッセイを読みました。
タイトルの『芸術と科学のあいだ』は、ベストセラーになった『生物と無生物のあいだ』を意識したのでしょうか。
タイトルに関係する文章を【はじめに】から引用します。
“常々感じることがある。日本の教育制度が、かなり早い段階で――中学とか高校とかのレベルで――文系向き、理系向きという区分を作って仕分けしてしまっていることは大いなる問題だ、ということだ。中学・高校レベルの数学や物理の好き嫌いや成績の良し悪しだけで、若い知性の芽が摘み取られるのはたいへん不幸なことだ。”(4p)
「文系(芸術)」「理系(科学)」という仕分けは意味があるのか?、そういった疑問から出たタイトルなのかもしれません。
目次は次の通りです。
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はじめに
I マンハッタンヘンジ
II 親魏倭王の金印
III 聖女プラクセデス
IV 右手と左手
V バベルの塔
VI ヴィレンドルフのヴィーナス
VII パワーズ・オブ・テン
VIII ミミクリーズ
IX カバのウィリアム
X メランコリアI
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印象に残った文章を引用します。
【II 親魏倭王の金印】《鏡文字に込めた天才の思惑》から、鏡文字で有名なレオナルド・ダ・ビンチの手稿についての考察。
“ダ・ビンチはこの鏡文字がすらすら書けた。でも、いったいなんのために? アイデアを盗まれないよう暗号化したのだという説があるが、暗号にしては簡単に解読されてしまう。(略)
ダ・ビンチは天才であり完璧主義者であると同時に、大いなる山っ気を持った人物でもあった。いつも自分を売り込むこと、プランやアイデアをひろめることを考えていた。そのためには何が必要か。マスメディアである。ダ・ビンチの鏡文字は自分の原稿がいつの日か大量活版印刷するために意図された周到な準備だったのではなかったか。”(55p)
⇒そう言われれば納得の推理です。
【III 聖女プラクセデス】《顕微鏡にオタク魂》から、福岡ハカセの少年時代について。
“子どもの頃、私は虫の虫だった。ものごころつくと、少年は、ロボット・鉄道・プラモデルといったメカ系に行くか、虫・魚・化石といった自然系に行くか、いずれかの道をたどるものだが、私の場合、気づいたときには虫だった。理由はない。”(67p)
⇒私も虫派でした。
【V バベルの塔】《らせんの美しさ残す化石》から「示準化石」という聞き慣れない言葉について。
“示準化石というものがある。それが見つかることによって地層の地質年代を特定することができる化石のことである。たとえば、ある種のアンモナイトはジュラ紀の、三葉虫はカンブリア紀の示準化石となりうる。示準化石には条件がある。現生しない生物であること。分布領域が広く、あまねく、容易に多数発見できること。短期間のみ栄えた生物であること。急速に拡大した種は、その急速さゆえにどこかで破綻を示し、急速に滅びに向かう。何億年か先、人類は示準化石にある可能性が高い。”(145p)
⇒最後のひとことが怖いですね。
【V バベルの塔】《口吻をらせんで収納、蝶の神秘》から、蝶の鮮やかな変身について。
“蝶がサナギから出てきて、くしゃくしゃの翅をやがてすっきりと開いていく。翅の中に張り巡らされた中空の翅脈に体液がみなぎることによって翅がぴんと完成するのだ。ついこの間までモコモコあたりを這い回っていた芋虫が、軽やかで美しい妖精に変身する。こんな劇的なメタモルフォーシスが他にあるだろうか。”(148p)
⇒私も福岡ハカセと同じく、アゲハ蝶を幼虫から育てたことがあるので、同感です。
【IX カバのウィリアム】《人々が愛する太古のカバ》から、メトロポリタン美術館に展示されているエジプト出土の陶製のカバについて。
“私たち人間は太古の昔から、これら(カバやサイ、ゾウなどの)巨大ないきものを畏れつつ敬愛もした。なぜだろう。そう。もともと草原や水辺で草を食みながら静かに暮らしていた彼らは、ヒトの祖先たちが木から降り、森から出てきたとき、そっとその居場所を譲ってくれたのだ。その遠い記憶が、祈りとして残っているのかもしれない。”(285p)
⇒この陶製のカバは紀元前約2000年のものだそうです。
福岡ハカセの『フェルメール 光の王国』などを読んでいたのでフェルメール好きであることは知っていましたが、フェルメール以外の美術作品についても、かなりご覧になっていることが分かりました。
医療従事者という激務の合間をぬって美術館に出かけるバイタリティを見習わなければいけないと思います。
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福岡 伸一(ふくおか・しんいち)
生物学者。 1959年東京生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。
サントリー学芸賞を受賞し、80万部を超えるベストセラーとなった『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)、『動的平衡』(木楽舎)など、“生命とは何か”を動的平衡論から問い直した著作を数多く発表。
ほかに『世界は分けてもわからない』(講談社現代新書)、『できそこないの男たち』(光文社新書)、『生命の逆襲』(朝日新聞出版)、『せいめいのはなし』(新潮社)、『ルリボシカミキリの青 福岡ハカセができるまで』(文春文庫)、『福岡ハカセの本棚』(メディアファクトリー)など。対談集に『動的均衡ダイアローグ』(木楽舎)、翻訳に『ドリトル先生航海記』(新潮社)、近刊に『変わらないために変わり続ける』。
また、大のフェルメール好きとしても知られ、全世界に散らばるフェルメールの全作品を巡った旅の紀行『フェルメール 光の王国』(木楽舎)、朽木ゆり子さんとの共著『深読みフェルメール』(朝日新書)を上梓。 最新のデジタル印刷技術によってリ・クリエイト(再創造)したフェルメール全作品を展示する「フェルメール・センター銀座」の監修および、館長もつとめた。
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