題名:日本人はどう死ぬべきか?
著者:養老 孟司(ようろう・たけし)、隈 研吾(くま・けんご)
出版:新潮文庫
価格:550円+税(令和四年五月発行)
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養老孟司さんと建築家 隈研吾さんの対談集を読みました。
2014年に刊行された本を文庫にしたものです。
目次は次の通りです。
第一章 自分は死んでも困らない
第二章 年を取った男はさすらうべきだ
第三章 『方丈記』から考える
第四章 時間を超越する歌舞伎座
第五章 日本人とキリスト教的死生観
第六章 人が死んだ後も残る「舞台」が都市に必要だ
第七章 これからの日本人の死生観
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「対談集」と書きましたが、読んでみると「第一章 自分は死んでも困らない」は養老孟司さんのエッセイ、「第五章 日本人とキリスト教的死生観」は、お二人と廣瀬通孝さん(生命知能システム研究家)との鼎談、「第六章 人が死んだ後も残る「舞台」が都市に必要だ」は隈研吾さんのエッセイでした。
裏表紙の言葉を引用します。
“日本人の平均寿命は延び続けており80歳を超えた。だが、どんなに寿命が長くなっても、人間には必ず死が訪れる――。自分の死と他人の死は何が違うのか。親しい人の死にどのように向き合っていけばよいのか。定年後の生き方、理想の最期、葬儀、墓、時代を超え残っていく建築など、知の巨人二人が死について縦横無尽に語り合う。文庫化に際して特別対談「これからの日本人の死生観」を増補。”
印象に残った文章を引用します。
【第一章 自分は死んでも困らない】から、医学界の脆弱化について養老孟司さんの考え。
“最近の医学界では、自分が注射したら患者が死ぬかもしれない、という初歩的な感覚さえも薄れているようで、愕然とすることがあります。幼児に禁忌の麻酔薬を過剰投与するとか、前立腺の摘出手術で泌尿器科の医師が三人がかりで患者を死なせてしまうとか、僕の世代では信じられない事件が実際に起こっています。”(18p)
⇒この本が刊行された2014年にそういった事件があった気がします。
【第二章 年を取った男はさすらうべきだ】から、男女の生命力の差について。
隈 男と女で生命力が違うとか。
養老 それはもう分かりきっていることで、女性の方が強いに決
まっているんですよ。
哺乳類は女性の方が平均寿命が長い。哺乳類の染色体は、
女性がXXで男性がXY。メスの染色体が基本で、そこから作
られるのがオスなんです。そうやって無理して作られてい
るからね、オスは弱いんです。(82p)
⇒そういえば、福岡伸一さんの『できそこないの男たち』にも同じ指摘がありました。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=982037813&owner_id=1795980
【第三章 『方丈記』から考える】から、講演でマケドニアに行ってきた隈研吾さんの話。
養老 なぜ日本人の隈さんが(マケドニア)に呼ばれたんですか。
隈 マケドニアでびっくりしたことがあるんですよ。マケドニ
アでは1963年に大地震があって、千人を超える人が亡くな
っているんです。その地震の復興の時に国際コンペで日本
の丹下健三さんが当選するんです。どうしてかというと広
島に原爆が落とされた後、広島の平和記念公園を作ったの
が丹下さんで、要するにケンゾウ・タンゲとは復興のチャ
ンピオンであるということで。(104p)
⇒思わず、世界地図でマケドニアを探してしまいました(笑)。
【第四章 時間を超越する歌舞伎座】から、五代目の歌舞伎座を設計した隈研吾さんの話。
隈 明治二二年に最初の歌舞伎座が作られる以前、芝居小屋と
いうものは、江戸の町の中に解けてしまうようなものだっ
たんです。その芝居小屋を捨てて、近代国家日本の顔とな
る劇場を目指したからこそ、オペラ座と同じような王冠=
屋根載せようと関係者は努めました。(157p)
⇒この章では、“初代の歌舞伎座はパリのオペラ座がモデル”(152p)という史実も紹介されています。
【第六章 人が死んだ後も残る「舞台」が都市に必要だ】から、住宅ローンを発明した国はアメリカだったという話。
“いわゆる住宅ローンというものを、世界で初めて運用した国はアメリカです。第一次世界大戦後の住宅不足の時に、国民の共産化を防ぐという名分で、国家の住宅局が編み出したのが住宅ローンでした。家で縛り付ければ、国民は保守化して国家に対して不満を言い出さない、という強い動機が背景にあったのです。そして、それを第二次世界大戦後、一番優等生的に模倣し、推進したのが日本でした。”(219p)
⇒残念ながら、私もその戦略に嵌ってしまったようです。
【第七章 これからの日本人の死生観】から、過疎地と言われている鳥取県や島根県も、ヨーロッパの人口密度と同等という話。
隈 ヨーロッパでは、むしろ過疎が普通なんですね。
養老 日本では昔から、人口が過密な状態でした。当然、疫病も
流行しやすかったでしょう。しかも、夏は東南アジアと同
じような高温多湿となり、ほとんど亜熱帯です。つまり、
病原菌の増殖に非常に適した環境なんです。
こんなところでは、清潔にしないとあっという間に感染症
が広まってしまう。日本人が昔からきれい好きだったのは
こういう理由があったからでしょうね。(242p)
⇒鳥取には以前行ったことがあります。静かでいい街でした。私には、あれぐらいの人口密度が好ましいです。
締めくくりに【第七章 これからの日本人の死生観】から、隈研吾さんの文章を引用します。
“「日本人はどう死ぬべきか?」というタイトルで養老孟司先生とお話を重ねてきました。といっても、話題は四方八方に飛び、どこに「死」の話があるのかと怒られそうですが、その点はどうぞお許しください。”(214p)
隈さんが書いているとおり、タイトルと異なる話の方が多い内容でしたが、羊頭狗肉という感想はありません。むしろ、お二人のさまざまなエピソード、知見を楽しく拝読できました。
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養老 孟司(ようろう・たけし)
1937(昭和12)年、鎌倉生れ。解剖学者。東京大学医学部卒。東京大学名誉教授。1989(平成元)年『からだの見方』でサントリー学芸賞受賞。新潮新書『バカの壁』は大ヒットし2003年のベストセラー第1位、また新語・流行語大賞、毎日出版文化賞特別賞を受賞した。
著書に『唯脳論』『かけがえのないもの』『手入れという思想』『バカの壁のそのまた向こう』『ヒトの壁』など著書多数。
隈 研吾(くま・けんご)
1954(昭和29)年、横浜生れ。建築家。'79年東京大学大学院建築学科修了。コロンビア大学客員研究員、慶應義塾大学教授を経て、2009(平成21)年より東京大学教授。
主な作品は「森舞台/登米町伝統芸能伝承館」「サントリー美術館」「根津美術館」「la kagu」など国内外に多数。『10宅論』『負ける建築』『ひとの住処 1964-2020』など著書多数。
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