■医療制度改正法案、閣議決定 75歳以上が負担増 出産一時金費用も
(朝日新聞デジタル - 02月10日 19:38)
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息子のおむつ替えや全身ローション塗りたくりプレイについて
着実に経験値を積みつつある。
奥さんは息子君のおむつを外している時の発射事故について
神経をすり減らしているが、私はいっかなアトラクション感覚で楽しんでいるので
温度差が激しい(笑)。
奥さん「なんでそんなに楽しそうなの? この子と私の相性が悪いの? この子もハナさんに面倒見てもらうほうが楽しそうだし幸せに見えるけど」
私「いやいや、君とこの子の相性が悪いなんてことはないよ。こっちだって粗相されたことは何度もあるし。」
奥さん「じゃあ同じ目に合ってるのに何で楽しそうなの?それがストレス耐性ってこと?」
私「んーアクシデントや不幸に対する考え方の違いじゃないかしら?どうやら私の『瞬間割り切り能力』は特殊能力というか、もはや狂人の域みたいだ」
毎度講釈を垂れている「自分がどうにかできる自分の領域の最善を尽くす」「それ以外については経過観察位にとどめて、原則としてはとっととあきらめる」といういつものアレだが。当然「過去に発生したこと」も含まれてくる。
過去のことは「発生した事実はどうしようもない」という分類がなされる。今さっき発生した「不幸なアクシデント」は瞬時に「過去のこと」に飛ばされる。スタンド能力のザ・ワールドみたいなものか(違)。
どうもここが一般人と私の違いらしいと最近分かってきた。
以前アスファルトでバウンドするくらいずっこけて鏡の前で笑ってて奥さんが「頭を打ったに違いない!」「おかしくなったんじゃないか」と「半分」誤解させた(「頭を打ったからおかしくなった」んじゃなくて、私は「もともとおかしい」のでね)時もそうだが。
転倒して負傷して傷口が痛いというのは多くの人にとってはおおまかに「現在進行形の不幸」となる。
私の場合は「転倒」「負傷」は過去のこと。なので仕方がないことに分類される。傷の痛みは「現在進行形」だが、「痛いという状況を楽しむ」という変換がなされる。なんというか生きてる実感があるというか。
むろん、わざと転倒してケガをしようなどとは微塵も思わない。そんなマゾ気質はない。だがいざ転倒して負傷したらそれを楽しむという思考に「瞬時に」切り替える。だからストレスの発生は一瞬のこととなる。あとは負傷の痛みというどうにもならないことを「ただ受け入れるだけ」であり、淡々と消化していく過程に切り替わる。
息子の発射事故も同様だ。発射事故が起こらないようにする努力は「自分の領域」で最善を尽くしスリルを楽しむ。一方で、いざ発生してしまったら後悔してもどうにもならんので、事実として受け入れて淡々と処理すべき過去のこととなる。
私「ウチの苗字は難読なのでよく名前を間違われてストレスになると言ってるよね?」
奥さん「うん」
私「私は、相手にある種の負い目を背負わせて人間関係が始まるからラッキーだと思ってるし、良い苗字だと思ってるよ。相手のミスやアクシデントは過去のこととして、それを今後どうプラスに持って行くかというしたたかな思考があるわけだ。珍苗字の時点で話題にもできるしね」
要は「不幸は分解することでダメージを軽減できる」「解釈によってはプラスに転じる事すらできる」と言いたいのだ。
発生(完了)した事象と継続する事象に分ける。前者はもう終わったことだ。後者は受容して今後対応すべきことだ。
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