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2022年03月29日01:40

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Drive My Car

日本映画がアカデミー作品賞や脚本賞などにノミネートされること自体ないことなのでそれだけでもすばらしく栄誉なことだが。国際長編映画賞受賞おめでとうございます。

「ドライブ・マイカー」村上春樹の短編小説「女のいない男たち」の映画化。
舞台俳優であり、演出家の家福悠介(西島秀俊)。彼は、脚本家である妻・音(霧島れいか)と満ち足りた日々を送っていた。しかし、妻はある秘密を残したまま突然この世からいなくなってしまう――。2年後、演劇祭で演出を任されることになった家福は、愛車のサーブで広島へと向かう。そこで出会ったのは、寡黙な専属ドライバーみさきだった。喪失感を抱えたまま生きる家福は、みさきと過ごすなか、それまで目を背けていたあることに気づかされていく…

夫婦なんてお互い理解し合っていると思っていても理解できていないことがたくさんあり、知られたくない秘密がある。不幸にもその秘密をパートナーに知られてしまったり、自らが苦しくなって自白してしまったりする場合もある。おおかたの場合は秘密を知ったために二度と以前のような関係でいられなくなり離婚に至るが、それを恐れるあまり知っていてしらないふりを続ける仮面夫婦もある。

この映画の前半にはこんなやりとりがある。
法事の帰りの車の中。悠介が突然切り出す。
「僕は君にどうしても許せないところがあるんだ」
いよいよ妻の浮気を突き詰めるのかと思いきや
「それは君の運転だよ(危なっかしいから)」とお茶をにごす夫。妻は笑って応える。
「貴方は私にこのクルマを運転させたくないのね。でも今日ばかりは仕方ないわ。緑内障で事故ったのだから。」

妻の秘密を知っていて知らないふりをしつづける温厚な夫、家福悠介(西島秀俊)。妻(霧島れいか)もとても魅力的な人で夫に一切秘密のあるそぶりを見せない。しかしその妻が突然死んでしまう。くも膜下出血。自殺でないのが救いと言えば救いだが。
妻は夫に不満があるから浮気をしていたのではないと思う。本当に心から夫を愛していた。私あなたと結婚して本当によかったわ幸せだわと屈託なく言う彼女は本当にかわいい女。その言葉に嘘はないと思う。でも彼女は夫以外の男とも寝るのだ。
なぜ?わからない。問い詰める勇気もない夫はそれは創作の(脚本を書く)インスピレーションを得るためなのだと思うことにする。でも心は穏やかではない。当たり前だろう。

遺された夫がこれから先どうやって生きていくか。それが後半。
そこに登場するのが映画祭のために雇われた女性運転手。寡黙で壮絶な過去を持つこの女性を三浦透子が演じている。三浦透子は、NHK朝ドラ「カムカム・エブリバディ」で、ひなた(川栄李奈)の親友一恵を演じている。いっちゃんは良家のお嬢だがひょうきんな才女の役で、映画の女性ドライバーとは別人のようだ。三浦透子の演技力の高さは、菊地凛子などに匹敵するだろうか。顔や雰囲気は田畑智子に似ている。

「僕は空っぽな人間なんです」という若い役者コジ・タカツキ(岡田将生)。「本当に他人を見たいと望むなら、自分自身をまっすぐ見つめるしかないんです。僕はそう思います。」
彼は映画「悪人」でもイケメンで粗野な大学生の役をしていたことを思い出した。この映画、深津絵里が主演女優だった。(なんだかNHK朝ドラつながり・・笑)

家福悠介と音。演出家と脚本家のおしどり夫婦。苦楽も共にしてきた。お互いを尊重し合いセックスの相性もよかった。妻はどうして夫も知らない物語のつづきをこんなクズな男に話したのか・・
確かにタカツキは社会的には未熟で粗野だが、空っぽな自分を自覚し野心も向上心もあり役者としての才能もある。なにより人間味にあふれる。言葉がわからなくてもセックスで会話できると豪語する。一方冷静沈着で常におとなの対応をする悠介の人間味はどうだ? 彼の歩んできた人生とチェーホフの舞台がリンクする。

チェーホフの戯曲「ワーニャ伯父さん」の有名なセリフ
「一生を棒に振っちまったんだ。おれだって、腕もあれば頭もある、男らしい人間なんだ。……もしおれがまともに暮してきたら、ショーペンハウエルにもドストエーフスキイにも、なれたかもしれないんだ。……ちえっ、なにをくだらん!ああ、気がちがいそうだ。」

姪のソーニャの有名なせりふ
「でも、仕方がないわ、生きていかなければ!ね、ワーニャ伯父さん、生きていきましょうよ。長いはてしないその日その日を、いつ明けるとも知れない夜また夜を、じっと生き通していきましょうね。運命がわたしたちにくだす試みを、辛抱づよく、じっとこらえて行きましょうね。今のうちも、やがて年をとってからも、片時も休まずに、人のために働きましょうね。そして、やがてそのときが来たら、素直に死んでいきましょうね。あの世へ行ったら、どんなに私たちが苦しかったか、どんなに涙を流したか、どんなに辛い一生を送って来たか、それを残らず申し上げましょうね。すると神様は、まあ気の毒に、と思ってくださる。その時こそ伯父さん、ねえ伯父さん、あなたにも私にも、明るいすばらしい、なんとも言えない生活がひらけて、まあ嬉しい!と思わず声をあげるのよ。そして現在の不仕合せな暮しを、なつかしく、ほほえましく振返って、私たち――ほっと息がつけるんだわ。わたし、ほんとにそう思うの、伯父さん。心底から、燃えるように、焼けつくように、私そう思うの……。ほっと息がつけるんだわ。」

みさきの運転は車に乗っているのを忘れるくらい丁寧だ。こまやかな配慮に満ちた運転。それがなんと子どものころ母にDVを受けていたために、母を起こさないよう母を怒らせないように自分の存在を消すため身に着けた術だったとは。
みさきはいっさい不要な会話をしない。必要最低限の言葉。プロ意識の高さ。彼女が運転し悠介は妻の声のテープをきく。BGMはそれだけ。景色だけが流れる。
彼女も運転しながらそのテープを聞く。聞くというよりただ一緒にいる。同じ車の中にいて悠介と同じ空気を吸い感情を共有する。
タカツキが同乗した車の中で妻の性的な秘密をあばくような話になったとき、タカツキはドライバーのみさきに自分たちの会話を聞かれるのをためらい部外者に聞かれていいのか?というような顔をしたが、悠介はいいんだといった。このときすでに悠介とみさきの間にはともに心の傷や喪失感を持つ同志深い信頼ができあがっていたのだ。

たばこを吸うシーンも象徴的だ。
まるで車の一部のように存在感を消して運転するみさきが、任務を終えたあとに煙草に火をつけてふっと息をつく。カタルシスを想起させる。
また、悠介はてっきりたばこを吸わないのだと思っていたら、妻の秘密が暴露されたあと疾走する車の中で、みさきと二人でおいしそうにタバコを吸うのだ。タバコを持つ2つの手の描写。それはまるでセックスの交歓のようだ。

ドライブ・マイカー。ひたすら車を走らせるだけ。ただ黙って一緒に車に乗っているだけの二人が共鳴し合う。次第に心開く。
みさきは「私は母を殺しました」と、母を見殺しにした過去を語る。人は本当に殺したのでなくても心では何度も死んでほしいと思うことがある。
介護で疲弊しあるいはずっと暴力を受けていた親がもし死にかけたとき自分は救急車を呼ぶだろうか。

悠介の喪失感は2度おとずれる。一度目は幼い娘を亡くたとき。そして2度目は愛する妻を亡くしたとき。娘を亡くしたとき夫婦は二人でそれを克服してきた。少なくともそう思ってきた。もう子供は作らないと妻は言い夫も同意した。でも本当にそれでよかったのか。本当に克服できていたのか。彼女の奇妙な行動を彼は理解し、彼女の浮気も容認してきたと思っていた。が実際は容認できていなかった。嫉妬を消化できていなかった。向き合うと妻を失ってしまいそうで向き合えなかった、でも結局妻を失ってしまった。だったら向き合えばよかった。自分の心の内を彼女に話せばよかった。彼女の本当の気持ちを聞きだせばよかった。

たとえば震災で子どもを亡くした夫婦。二人で立ち直り再び子供を産み育てようと前を向く夫婦もあれば、自分を相手を責めるあまり夫婦の関係そのものが維持できなくなって離婚してしまう夫婦もいる。

映画を見ていて去年のNHK朝ドラ「おかえりモネ」のことも思い出した。この映画のテーマは、震災などで突然パートナーを無くした人の喪失感に似ている。そしてあのときもっと話しておけばという後悔を一生持ちながら生きていくことになる。
気仙沼のすご腕漁師(浅野忠信)が携帯電話に残した亡き妻の肉声を何度も聞いて、その携帯電話自体手放すことができない。彼はアルコール依存症となり二度と漁師に復帰することはなかった。
家福も亡き妻の肉声のテープをずっと聞いている。感情のない妻の声。わざと感情をこめないで棒読みしているのだがそれが逆に感情をゆすぶられるというか象徴的。
人の話を丁寧に聴くみさき。岸田文雄の「聴くチカラ」ではないが・・(笑)
しっかり聴く人は言葉少なくても真実をついた助言ができる。雄弁にいっぱいしゃべっても中身ない人は人の話を聞いてない。

「真実が恐ろしいのではないわ。真実を知らないことが恐ろしいのよ。」
妻が言った意味深なことば。

いまの世界情勢や報道のありかたにもあてはまるなぁと思った。






【第94回アカデミー賞】濱口竜介監督の『ドライブ・マイ・カー』が国際長編映画賞を受賞! 日本映画13年ぶりの快挙
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=25&from=diary&id=6901989
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