プロゲーマーたぬかな、所属チームが契約解除を発表 「差別的な言動許されない」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=128&from=diary&id=6854456
****************************************
人気女性プロゲーマー(?)
たぬかなサンの「低身長は人権無し発言」について
いわゆる社会的制裁はまあまあ適宜行われていると思うので
ここでは特にふれない。
彼女はそこそこ大きな失敗をしてしまい、
失敗に応じた社会的反応を受けているわけだ。
とりあえず私もあなたも含めて誰もが「それぞれの価値観に応じた判断(以下(価値判断)」はしている。
好意を持ったり嫌ったりする相手がいること、今の仕事や住居を選んだことも
別に差別ではなくて「単なる価値判断」に過ぎない。それぞれがそれぞれの価値判断を行うことは自然なことであり、別に責められるようなことではない。今回の「低身長男子はあまり好きではない」という方向性自体もそれは食べ物の好き嫌いと同程度のモノだ。
むしろ全てに機械的に平等に接しろというのはとても苦痛なことだろうし、強制されれば「悪平等」となってしまう。
私個人の「価値観」でよく「自由平等博愛の順序で考える」というのがあるので
それを当てはめてみよう。
まずそれぞれの権利としての自由が尊重されるべきというところから始まる。次にそれぞれが権利としての自由を主張するとぶつかり合う状況が生じるので平等という概念で調整解決を図る。「自由と平等」だけでは救われない社会的弱者(例:障碍者)をなるべく救済しようという努力目標として「博愛」があるという感じだ。
・・・まあ、今回は「博愛」はあまり関係ないが。
当該案件、たぬかなサンは自分の価値観を公然と主張したわけだが。自分の価値観をもつことまでは「自由」の範疇だが、それを公然と主張したことで「平等」の概念に抵触してしまったというわけだ。
「内心の自由」にとどめていれば無敵モードだった・・・のだが。
たとえどれだけ不快・不遜な価値観でも、仮に「反吐の出るような差別的信条」ですらも、それを内心にとどめている限りは誰も傷つけないし、誰にも批判されることはない。
で、たぬかなサンの主張した内容は誰かを「高評価する」とか「好む」といった「一般に心地よい」とされるものではない。反対に「低評価する」とか「嫌う」といった「一般に不快とされる」価値観である。
「一般に不快とされる価値観」の表現は慎重でなければならない。攻撃対象になった人はもちろん、それを見た周囲の人も不快感を覚える場合が多々ある。繰り返しになるが「背の低い人は好みじゃない」という彼女の価値観は尊重されるべきだし意見を表明してもよいんだが、今回はその表現技法が「あまりに不適切」であった。
・価値観自体が誤ってるわけじゃない
・意見の表明も別に構わない
・ただその表現で「誰かを攻撃したい」という意図がないのなら、
トゲがない表現を用いるべき
ということだ。
「私の好みは背の高い男性です」というだけであれば大した問題にはならなかった。
ちょっと前に「猫と生活保護」に関する発言で炎上したメンタリストのDAIGOサンやオリンピックで「女性の話は長い」と発言した森喜朗サンもそうだが、「妙なサービス精神」なのか、やたらと攻撃的で挑発的な表現をされたからこそ社会的な反撃を受けるハメに陥るわけだ。
このあたりは単純に「多数の人を不快にすると不快に思った多数から反撃を受ける」ということだ。
ログインしてコメントを確認・投稿する