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2021年09月26日21:29

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頭はいいのに残念な人の自己紹介?

■『鬼滅の刃』を見た東大生が痛感した「頭はいいのに残念な人の特徴」
(日刊SPA! - 09月26日 16:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=81&from=diary&id=6680920


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⇒ツッコミをする場所に限定して記事にします。


>現役東大生の布施川天馬と申します。学生生活の傍ら、ライターとして受験に関する情報発信などをしています。
>◆魘夢は有能な敵役だったのか?
>魘夢は、常にひょうひょうとしていますが、彼の無限列車襲撃計画の綿密さは目を見張るものがあります。これだけだと、一見超有能な人物に思えます。
>ですが、彼の「死に際に放ったある一言」のせいで、一気にイメージダウンしてしまうのです。
>今回は「どんなに悔しくても絶対に言ってはいけない残念すぎるひとこと」についてお伝えします。
>残念すぎる一言とは、彼が死に際に放った「自分はまだ全力を出していない」というセリフです。どれだけ有能に見える人物でも、この一言だけで一気に残念になってしまいます。


>◆鬼狩りの剣士たちを圧倒した頭脳派
さらに夢から覚めた炭治郎が列車の上で魘夢と対峙するシーン。ここで魘夢の口から「自分はすでに列車と融合している」ことが語られます。

⇒わざわざそれを相手に教えるのは頭がよくないと思いますが。駆け引きとして疑心暗鬼に誘おうとした可能性もありますが、そもそも電車との融合に気づいていない(かもしれない)相手にそれを語ることで「その可能性」を考えさせてしまうのは愚策でしょう。

>普通の鬼なら本体の首を切られれば死んでしまいます。しかし、彼は列車と融合することにより、肉体の貧弱さを克服したうえに、列車内のすべての人を人質にすることに成功したのでした。

⇒たしかに肉体の貧弱さは克服したかもしれませんが、自らそのネタバレをしてしまっては(笑)。列車に融合せずとも「部下にした人間」はそのまま「人質扱い」することも可能なわけで。

>これにより列車の上まで鬼を追い詰めたかと思われた状況は一転、炭治郎たちは「乗客を守りながら列車のどこかにある首を切らなくてはいけない」という窮地に陥ります。鬼としての強さもさることながら、それ以上に戦略面で一歩も二歩も先をいっていた頭脳派の敵だったのです。

⇒頭脳派なのは確かですが、その最大のネタバレを自らしてしまうのは、どちらかと言えば「策士策に溺れる」のタイプだったのではないかなと。


>◆「全力を出していない」という最後のセリフ
ですが、そんな魘夢も炭治郎とその仲間たちの活躍で、ついに追い詰められ、首を切られてしまいます。
>そこで彼が発したセリフが「俺はまだ全力を出していないのに」というものでした。
>「全力を出していない」というセリフは、大変卑怯な言葉です。「全力を出していないから負けた」というのであれば、最初から全力を出すべきでしょう。
>しかし、彼は「全力を出さなかった」のではなく、「肝心なときに全力を出せなかった」のです。

⇒卑怯とか「全力を出せなかった」ではなくて。私なら「全力を出すタイミングすら与えずに倒された己の不明を恥じよ」と思うだけです。「相手に全力を出させる前に倒す手際や駆け引きも実力のうち」でしょうに。


>◆当日に全力を出し切れるように準備をする
>何かとても重要なイベントがあるなら、それに対し準備して、対策を練るのは当たり前のこと。特に劇中のような「準備不足」が死に直結する局面では、どれだけ準備をしても、しすぎということはないと思います。

⇒ここは同意しますが。


>たしかに魘夢は戦術面ではしっかり準備をしていました。ですが、彼はある準備を怠っていたのです。それは「自分が当日に全力を出し切れるようにする準備」。

 僕は、一大事に臨む際の準備には「自分が当日に全力を出し切れるようにすること」までが含まれると思っています。たとえば、受験生の場合だと、いくら勉強したとしても、試験当日に実力を発揮できなければ、試験に落ちてしまうわけです。
>たとえ試験に落ちても「今日までずっと勉強してきたのに!」という言い訳は通じません。あらゆる準備はイベント当日に万事がうまくいくために行うのであって、自分の自己満足のために行うものではありません。

>◆「たら・れば」は結局、負け惜しみ
>現実でも「実力が発揮できなかった」「うまく全力が出なかった」というコメントはよく聞きます。これを聞くたびに「あぁ、この人は残念だなぁ」と僕は思ってしまいます。
>「全力を出していたら」「実力が発揮できてれば」のような「たら・れば」は結局、負け惜しみにしか聞こえません。そこまで悔しがるのなら、全力を出せるように調整しておくべきなのです。
>「イベントがうまくいくこと」が目標なのであれば、イベント当日のコンディションの調整まで含めて、準備なのではないでしょうか。

⇒「準備はしっかりしましょう」については同意。

>◆「残念すぎる人」にならないためにやるべきこと
>ですから、魘夢のような残念すぎる人にならないために、「全力を出せていれば」のような言い訳は人前では絶対に言うべきではありません。

⇒「ですから」が前の文章とつながっていないようです。「負け惜しみ」「あぁ、この人は残念だなぁ」とこの筆者に思われたくないなら「絶対に言うべきではない」と言いたいのでしょうか???

>実際、「全力を出し切れなくて」失敗してしまったら、言い訳ではなく、「どうして全力を出し切れなかったのか?」を考えるといいと思います。
>前日に夜更かししすぎたからなのか、数日前から風邪をひいていたのか、それとも相手を甘く見ていて油断したからなのか……。次回以降の糧になる何かが、必ずそこに転がっているはずです。
>逆に、失敗の要因を一つひとつ言い訳せずに拾っていけば、きっといつかは炭治郎のように強く、正しい人物になれます。
>「たら・れば」の言い訳から卒業できない残念な人という烙印はくれぐれも避けたいものですね。

⇒自分の領域での最善を尽くすべきというのは同意です。相手や環境の責任にしすぎると成長ができません。とはいえ相手や環境の性であることまで自分の責任として背負いすぎると潰れますので、背負いすぎには要注意です。

>―[貧困東大生・布施川天馬]―
>【布施川天馬】
1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を自ら編み出し、東大合格を果たす。

⇒本文の筆者の言いたいであろう骨子として「失敗の 言い訳するな 見苦しい(5・7・5)」というのがあると思われます。それならばこの東大生が「世帯年収300万円台」というのを自己紹介に書いてるのもどうかと思いました。

理由としては2つ。1つは親御さんにとってはやや不名誉な気がすること。もう1つは「これだけ不利な条件でも成功した俺すごいでしょ?」という「成功の言い訳」にしているのが「失敗の言い訳と同程度に見苦しい」ということです。
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